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第21話

……遂に拓斗は目も開けなくなった。 痩せた拓斗の体に刺さる細い木の枝……そこから直接栄養を送り込んでいる。 何も口に出来ない拓斗に何とか食べ物を……と願った結果だ。 拓斗は死にたがっているのかと思ったが、精霊達は拓斗を死なせたい訳ではない様だ。 だが拓斗の目を覚まさせてくれる力は無い。 俺の祈りが足りないせいだろうか……。 拓斗の笑顔が見たい。 あれだけ嫌だと思っていた。 感情を殺した笑顔でも良いから笑って欲しいと願った……願うだけでは駄目だった。 「拓斗……行こう……偽りでも、お前が笑顔でいてくれた場所へ」 身動きの取りづらい王族の衣装を脱ぎ捨てると拓斗を背中に担いだ。 「クラウス様!どちらへ!?神子様をどうなさるおつもりですか!?」 部屋を出てすぐセルリアに捕まる。 「行かせてくれ……頼む」 「……神子様と心中なさるおつもりですか……」 セルリアの目が鋭く光った。 拓斗と心中……それも良いかもしれない……どうせ今の俺は死んでいる様なものだ……だが……。 「違う……拓斗と生きる為に……拓斗と俺の家へ帰るんだ」 「……俺は……ご一緒させては頂けませんか?」 セルリアは暫し考えた後に掴んでいた俺の手を離した。 「二人きりで過ごしたい」 「生きる為……なんですね。わかりました、王には上手くお伝えします……どうかご無事で……」 「我が儘を言ってすまない……」 セルリアに背を向け、俺は一歩を踏み出した。 祈るばかりで何もしなかった。 自分の足で進まなければ……自分の足で拓斗に近づかなければ……。 随分と軽くなってしまった体だが……意識の無い体はすぐにずり落ちていく。 それでも一歩、一歩……前へ進んだ。 あの場所へ……。 一緒に過ごした山頂の離宮へ……。 離宮は木に覆われ、木の根が暴れ道を塞いで馬車は通れない。 俺の身長程もある木の根をよじ登っては下り……日が沈んでも夢中で歩き続けた。 漸く山頂へ着く頃には……彼方の山がしらみはじめていた。 「拓斗、夜が明ける……目を覚まさないと……夜明けの街の風景……好きだったろ?」 反応はないが背中の温もりが拓斗の存在を感じさせてくれる……。 夜明けの光が目に染みて泥混じりの涙が流れ落ちた。 離宮を覆う幹の隙間を縫って中へ……明かりを灯すと、あの日拓斗が消えたままの室内。 ベッドの埃を払い拓斗を寝かせると、 拓斗がいつも座っていたカウチに腰を下ろした。 全身を疲労感が襲う。 深くカウチに身を預けた。 拓斗がいつも眺めていた景色は今は木に阻まれて見えないが……室内に目をやると真っ直ぐに俺の部屋の扉がある。 ここでこうして……俺が部屋から出てくるのを待っていてくれたのか? ずっと部屋に籠っていた俺が出てくるのを拓斗はどんな気持ちで待っていたのだろう。 次は……俺が待ち続ける番だ。 どうすればお前は戻ってきてくれる? 俺に出来ることは何だ? 拓斗……………… 『また指輪を見てるのか?』 『良いだろ別に、お気に入りなんだよ』 『そんな玩具を……ガキか……』 『煩いなぁ……あ、そうだ!クラウスは黒、好き……かな?』 『黒?黒は不吉な色だろ。嫌いだな……ああ、お前の髪の色は黒だったな。すまんな』 『うぅ……そっか…………あっ!鍋を火に掛けたままなの忘れてた!!』 『……?何が言いたかったんだ?あいつ……』 「………………」 昔の……記憶の夢。 何気無い日常だった。 まだ俺が拓斗に恋していた事を認められなかった時の事……。 何故こんな夢を……立ち上がろうとして……もう一度、夢の内容を思い起こした。 あの時……拓斗は俺に何かを渡そうとしていた。 小さな紙の袋。 何の意味もない夢かもしれない。 しかし何か意味のある夢なのかもしれない。 こんなにも気になって仕方がない。 思い出せ……。 拓斗はその袋をどうした? ドクドクと胸が脈打つ。 キッチンへ向かう拓斗の手に紙袋は握られていた。 その後……戻って来た拓斗の手には何もなかった。 急いでキッチンへ向かい、棚や引き出しを開けていく。 視界の端……部屋の隅にあるカウンターの引き出しに小さな光の欠片が飛んでいる。 光……。 『クラウス、あの光って何?』 拓斗が見ていた光とはこれの事か? じゃあこれは……精霊? その引き出しをそっと開けた。 あった……。 握り潰され丸められて、無造作に投げ込まれた白い小さな紙袋。 広げて中身を手の上に出すと……袋から転がり出てきたのは……黒い指輪。 黒……黒……黒い……黒い髪と瞳……拓斗の色? 俺は急いで拓斗の眠る部屋へ戻った。 眠る拓斗の首もとからネックレスを引き出した。 無くさぬ様にネックレスに通した指輪。 金と緑……。 指に嵌めた指輪を愛しそうに眺め、キスを落としていた拓斗の姿が蘇る。 「拓斗……俺か?お前がいとおしそうにキスをしていたのは……俺なのか?」 その姿は、指輪を買ったセルリアに嫉妬してしまうぐらい喜びに満ちていた。 ……少し……好きになりかけてくれていたのか? 嘘ばかりではなかった? 骨ばった手を握りしめると、後から後から堰をついて流れる涙が拓斗の服に染みを広げていく。 その痩せた指に金の指輪を嵌めてやる。 黒い指輪。 俺にお前の色をくれようとしていたのか……。 拓斗がいつも指輪を嵌めていたのと同じ指に黒い指輪を嵌めた。 黒い光沢のある指輪は……拓斗の髪の様に艶やかで……俺は拓斗がしていたように指輪へ口付けた。 パキパキと何かが割れる破裂音が響いて、指輪の黒い塗料が避けて、中の木が細い枝を伸ばし始めた。 「な……何だ?……何が!?」 突然の事に驚愕する俺の目の前で、細い枝が拓斗の指輪からも伸びた細い枝と紡ぎ合い、絡み合い……葉を繁らせて一つの花を咲かせた。 幾重にも重なる花弁を携えた小さな白い花は……王座の間に飾られてあるパルミナの絵画と同じ物だった。 「まさか……パルミナ……?」 パルミナは消滅した筈……何故? 花が揺れ……微かな花の香りが流れてくる。 「……う……ん…………花?……きれ……い……」 …………呼吸を忘れた。 涙する事すら忘れ……目の前の光景に魅入られた。 花びらが舞いながら拓斗の顔を撫でていく……。 拓斗は擽ったそうに目を細め笑った。 「た……くと……」 乾いた喉から必死に愛しい人の名を絞り出すと、此方に気付いた拓斗は、俺にゆっくり視線を向けて微笑んだ。 「…………花、綺麗だね」 「拓斗っ!!」 急いで枝から指を引き抜くと、拓斗の胸に飛び込んだ。 細くなってしまった体は抱きしめると簡単に折れてしまいそうな危うさを感じたが離したくなかった。 「拓斗っ!俺は……俺はっ!!」 「クラウス……」 何も言えずただ拓斗の胸で泣く俺の頭を拓斗が撫でてくれる。 「ごめんな……俺、クラウスの事いっぱい傷つけた」 それはこっちの方だと……でも言葉が出せず……拓斗の体に擦り付ける様に頭を横に振った。 情けなく嗚咽を上げる俺を拓斗は静かに見守ってくれた。 「クラウス……俺が側にいるのは辛くない?」 「……辛かった。お前の笑顔を見る度に心が痛んだ。お前を騙し続けるのが辛かった、いつバレるか怯えて暮すのも辛かった……でもお前が側に居てくれない方が辛い……」 「……俺が側に居て良いのか?」 「側に居て……俺を好きでいてくれなくて良い……ただ側に居させてくれ……」 「そっか……俺は居て良いのか……」 笑う拓斗の笑顔の真意を読む事は、涙で溢れる目では難しかった。 今はどんな笑顔でもいい。 拓斗が笑ってくれるだけで嬉しかった。

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