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第22話
黒闇の中、泣いて、哭いて……ずっと一人で泣き続け、やがて涙も出なくなっていた。
悲しみも怒りも……全てが闇の中に吸い込まれていった。
永い時を感情も無く、ただ暗闇を眺め続けていた。
泣き声が聞こえる……。
暗い……暗い闇の中なのに小さい子供が泣いてるのが見えた。
『どうしたの?』
近づいて声を掛けると子供は顔を上げた。
『美奈……』
あの日、ママに会いたいと泣きながら手を伸ばして来た男か女かもあやふやな幼い姿……あの日の姿よりも幼くなっている様な気がする。
『ママは……ママは僕が嫌いなの?どうして僕を呼んでくれないの?』
泣きじゃくりながら喋る姿は、あの時話をした猫の姿の時とは違い子供らしい。
『……ごめん。俺がちゃんとクラウスを愛せなかったから……だよね』
俺の所為でパルミナは眠りから目を覚まさず、この子を呼び寄せる力もないんだろう。
『ママに会いたい。僕も連れて行って……僕はもう力が残ってないもん。もうすぐ消えちゃうんだもん。最後にママに抱っこして貰いたい』
ママに会いたいと言われても、俺もパルミナに会う方法なんて知らないし……でもこうやって泣いている子を放っておく訳には……。
『ママじゃなくてごめんな……』
俺は小さな体を抱き上げて背中を撫でた。
涙を溢しながらも目を真ん丸に見開いた子供が俺を見上げてくる。
『どうして優しいの?怒ってないの?お兄ちゃんにいっぱい悪い事してイジワル言ったのに?』
『どうしてだろうな……』
ただ……小さな体から伝わって来る熱に冷えきっていた心が温められて行く気がした。
『お兄ちゃんごめんなさい。僕がお兄ちゃんに種を植えたから……お兄ちゃんを巻き込んだから……お兄ちゃんの事いっぱい傷付けた』
俺の胸にしがみついて泣く姿に怒る気には慣れなかった。
痛みは涙と共にこの闇の飲み込まれてしまったから。
『……どうして俺だったんだ?俺は特別なものは何も持って無いだろ』
『猫の姿で街をさ迷ってた時……抱き上げてくれたお兄ちゃんの手が温かかったから……お兄ちゃんならパルミナの花を咲かせてくれると思ったから……』
自分の手を見ても勿論特別な事など何もない。
平熱が高いわけでもない。
他の人と違いはないと思うけど……。
『俺は咲かせられなかったけど、パルミナはどんな花を咲かせるんだろうな』
『ごめんなさい……パルミナがどんな姿なのか、種を植え付けた人間を送って本当にパルミナが目覚めるのかもわからない……でも何もせずにいられなかった。向こうの世界を覗ける様になってから神子の事を知って……神子を作ろうと思った』
帰る方法も分からず異世界で一人……何とかして帰りたいと必死だったんだろうな……俺だってそうだった。
帰れないならせめて自分の居場所が欲しくてクラウスを利用した。
『お兄ちゃんは王子様のとこに戻らなくていいの?好きだったんじゃないの?』
泣き止んだ子供は疲れたのか、俺に全身を預けている。
『本当に好きだったのかどうかも分からない……でもクラウスと会うのは怖い。全てを忘れていた時は良かったけど……思い出しちゃったらもう側には居られない……』
『王子様はお兄ちゃんに会いたがってるのに?』
『クラウスの感情は……罪の意識から来るものだ。もしくは同情。俺の事が好きな訳じゃない』
罪の意識でクラウスを縛り付けたくないし、同情で側にいられるなんて嫌だ。
男に犯され、自分の都合の良い記憶に改竄して……愛されてるなんて勘違いして喜んでいたなんて滑稽すぎる。
『王子はお兄ちゃんの事大切に思ってる……精霊達が王子の祈りに応えた』
『?どういう事?』
抱き締めて背中を擦ってやっていると、子供は次第にうつらうつらと頭を揺らし始めた。
『ママは……温かかった……パパへの愛で溢れて……だから……精霊達がパパに……力を…………』
子供の姿が俺の腕の中で、どんどん小さくなっていき……。
腕の中には赤ん坊がすやすや眠っている。
『……どうしたら良いんだろう?』
置いて行く訳にも行かないし……そもそもここが何処かも分からないし……。
悩んでいると、俺の指を指輪が持ち上げた。
微かな光……精霊だ。
精霊が指輪を引っ張ってる。
「あっちに何かあるのか?」
ついて来いという様に精霊は指輪を引っ張り続ける。
赤ちゃんを抱いたまま立ち上がると引かれるままに歩き出した。
足元も見えない暗闇の中……歩き続けてると……目の前に白い物が降って来た。
ヒラヒラ舞い降ちたそれが瞼に触れ、思わず目を閉じて次に目を開いた時には……。
「……う……ん…………花?……きれ……い……」
白い花が咲いているのが見えた。
見たことの無い花だけど、懐かしさがある。
「た……くと……」
掠れた声で名前を呼ばれ、そちらに目を向けると……クラウスが立って此方を見ていた。
……もう顔向け出来ないと思っていたけど、会ってみると意外にも心は穏やかだ。
あの暗闇で泣き続け、心が麻痺してしまったのだろうか?
俺よりもクラウスの方が辛そう……心配しないで?そう伝える為に笑顔を作った。
……俺は上手く笑えているだろうか?
「…………花、綺麗だね」
白い花を咲かせる細い枝は、俺の左手から延びている。
左手、薬指。
指輪のあった場所。
枝を追っていくとそれはクラウスの同じ場所に繋がっている。
クラウスがあの暗闇から呼んでくれたのか?
「拓斗っ!!」
抱きつかれた体は、前から体格差はあったが更に逞しくなっている気がする……いや、俺の体が衰えてるのか。
ガリガリになった自分の腕を持ち上げた。
「拓斗っ!俺は……俺はっ!!」
「クラウス……」
俺の胸に顔を押し付けて泣くクラウスがさっきまで胸に抱いていた子供みたいだと頭を撫でてやった……触るなって怒られた事もあったなぁ。
遠い昔の事みたいで笑みが溢れる。
「ごめんな……俺、クラウスの事いっぱい傷つけた」
……本当に子供みたいに、嗚咽を漏らしながら頭を振るクラウス。
「クラウス……俺が側にいるのは辛くない?」
俺が側に居ることはクラウスにとって不幸ではなかったのか?
だから俺は元の世界へ戻されたんじゃなかったのか?
「……辛かった。お前の笑顔を見る度に心が痛んだ。お前を騙し続けるのが辛かった、いつバレるか怯えて暮すのも辛かった……でもお前が側に居てくれない方が辛い……」
こんなに泣くほど悩んでくれたんだ。
「……俺、側に居て良いの?」
「側に居て……俺を好きでいてくれなくて良い……ただ側に居させてくれ……」
ただ側に……クラウスを愛する為でもパルミナの花を咲かせる為で無くても俺は居てもいいのか。
「そっか……俺は居て良いのか……」
汚れている俺はこの先もパルミナの花を咲かせる事は出来そうにない。
それでも嫌わないでいてくれる?
神子でなくてもクラウスは俺の存在を認めてくれる?
先の未来は分からないけれど、今だけでも……居て欲しいと言ってくれるなら……此方の世界へ戻って来た意味はあったのかもしれない。
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