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第25話

「拓斗、熱くないか?」 「苦手な食べ物は……」 誰だこれ……と言うくらいの変貌を見せて甲斐甲斐しく世話をやいてくれるけど……正直鬱陶しい。 「クラウス、そんなに気を使ってくれなくていいって……」 「悪い……反応があるのがつい嬉しくて……」 シュンっとしてしまったクラウスに何だかすごく悪い事をしている気分にさせられる。 「でもほら……王子とか神の子とかの務めとかあるんじゃないのか?忙しいだろ?」 「神子が現れる様に祈るのが王子の務めでパルミナの花を咲かせるのが神の子の努め……その二つが叶ったんだ。俺が今やるべきは愛する人と子供を守る事」 愛する人なんて真っ正面から真顔で言われて布団を頭から被った。 あんなに無視してて、やさぐれてて……無愛想だったのに、この変化は何だ? やっぱり王子は王子、こっぱずかしい台詞を真顔で言えるものなのか……。 しかもクラウスにも精霊が見える様になり、気付いてもらったのが嬉しいのか精霊達が周りを飛んでるもんだからキラキラしていて眩しい。 うぅ……優しくされればされる程申し訳なさが募る。 「クラウス……ごめん……」 こんなに喜んで貰えて嬉しいけどこれ以上騙すのも騙されるのも嫌だって思ったばかりだったのに……そっと布団から目だけを覗かせた。 「あの実……俺の子供じゃないんだ……」 口に出したらなんて馬鹿げた台詞だろう。 あの実が子供だなんて信じる方がどうかしてるんだけど……パルミナ信仰の人々にとっては普通の事なのかもしれない。 クラウスにどれだけ怒られるか恐々としていたが、クラウスの反応は意外だった。 「知っている」 「へ?なら……何で……」 俺は王妃になんてならなくても良い? 「俺と拓斗の子でなくても、拓斗は愛しそうに実を抱いていた。拓斗にとってあの実は大切な物だと思ったんだろう?その大切な実を冗談でも俺との子と言ってくれた事が嬉しい……マリー達は本気で信じているみたいだがな……」 マリーさんやハリスさん達にも懺悔しなければいけないのか……気が重い。 ……ん? 嘘だって分かっててマリーさん達に伝えたって事は……くだらない嘘を吐いた俺に対する嫌がらせか? 「母体云々はともかく、お前に早く元気になって欲しいのは本当だ……ほら、口開けて……」 お粥の様なトロトロしたスープを口に押し込まれる。 「もう元気だよ。歩ける様になったし、自分で食べられる……」 そう言った俺を見るクラウスの顔は少し悲しげで……ドキッとした。 「今だけ……お前は体が治れば帰ってしまうだろう?今だけでもお前の身の回りの世話をやらせて欲しい……」 「……」 何も言えず、差し出されるままにスープを口へ運んだ。 ……俺は神子じゃない。 クラウスと付き合っている訳でもない。 この世界に残る理由は何も無い。 「……本当にあの実が拓斗との子なら……お前をこの世界に引き止められたのにな……」 最後の一口を口へ運ぶとクラウスはそう呟いて食器を片付けに部屋を出て行った。 その表情は……一度俺が元の世界に戻った時の様な悲しい笑顔だった。 チクチクと痛む胸。 この痛みは罪悪感? 俺はクラウスに『好きじゃない』と伝えた。 それは素直な気持ちだ。 俺はクラウスを『好きになろう』と必死だっただけ。 この世界で生きていく為には、クラウスを好きになるしかないと思っていたから……。 でも。 ……でも。 本当に? 本当にそれだけの気持ちだった? 『お兄ちゃんはどうして僕を自分の子供だって言ったの?』 聞き覚えのある声……それはあの実から聞こえて来る。 「ミナ……か?」 『自分の心に素直になって……本当は……お兄ちゃんも口実が欲しかっただけでしょ?』 自分を偽り続けるのは得意だった……笑っていれば皆も笑ってくれる。 辛くても大丈夫だって言い聞かせて、自分の心を騙し続けて、何が本当かなんて……もう分からない。 押し付けられた愛が……本当に芽生えた恋心を素直に受け入れる事を拒絶した。 「……でもミナはパルミナとかつての王子の子だ」 ふわりと半透明なミナが俺のお腹の上に浮かび上がった。 『僕は正真正銘お兄ちゃんと王子様の子供だよ。僕がお兄ちゃんに植えた種を2人は芽吹かせてくれた……お兄ちゃんが毎日指輪に込めていた想い……その想いが王子様の想いに呼応して……種は芽を出し……僕を呼んでくれた……2人の愛が僕をこの世界に生まれ変わらせてくれた……』 離しているうちにミナの体は小さくなっていき……俺の胸に飛び込んで来たミナの姿は、暗闇の中で抱いていた赤ん坊の姿になった。 『僕を……2人の愛で育てて……』 それを最後にミナの声は聞こえなくなり……腕の中で赤ちゃんがモゾモゾ体を動かしている。 俺が……育てられるのか? 呆然と赤ちゃんを見ていると勢い良く扉が開いた。 「拓斗!大丈夫か!?急に精霊達が騒ぎ出し……なっ!?」 赤ちゃんを抱いた俺の姿を見てクラウスは目を見開いて固まった。 そりゃあ、いきなり誰の子か分からない赤ちゃんいたら驚くよな……。 『……自分の心に素直になって……』 ミナの声が聞こえた気がした。 ……そうだな……俺はどうしたいのか……? 赤ちゃんの顔を見つめながら、自分の心と向き合って……意を決してクラウスへ微笑みかけた。 「俺とこの子……宜しくしてもいいかな?……お父さん」 クラウスが力任せに赤ちゃんごと抱きしめたもんだから赤ちゃんは泣き出し、泣き声を聞いたセルリアさん達も集まって来た。 「なんて可愛らしいお顔立ち……神子様にそっくり」 「利発そうなところはクラウス様そっくりですな」 自由な感想を述べてくれるけど、今はそんな事よりもこの子を何とかしてくれ。 クラウスの所為で泣き出した赤ちゃんが泣き止まない。 抱っこをしても、あやしてみても泣き止まない。 子育てなんてした事無いし、何で泣いてるのかも分かんない。 「おむつか……お腹が空いているか……」 マリーさんの助言におむつを確かめて見る事に……と、言われても変えた事無いし紙おむつなんて便利なもんじゃないし……戸惑っているとクラウスが赤ちゃんを受け取り、手際よくおむつを確認してくれた。 「おむつでは無いみたいだな……」 「凄いね……クラウスそんな事出来るんだ……」 何でも召使いにやらせるだけのただの王子様だと思ってた。 「拓斗ので慣「言うなっ!!!」 思わずクラウスの頭を思い切り殴って……ヤバい……仮にも皇太子に手を上げてしまった。 セルリアさんの様子を伺うと楽しそうに笑っている。 良かった……罰は受けなくてよさそう。 「おむつじゃないとすると……拓斗、母乳は出るか?」 いきなりクラウスに胸を揉まれてもう一度クラウスの頭を叩いてしまった。 「何すんだよ!!出るわけないだろ!!」 こっちは怒ってるのにクラウスは楽しそうに笑っている。 「なにがおかしいんだよ……」 「拓斗はいつも一歩引いてたから……こうして馬鹿な事をしあえるのが楽しい……」 「……!そ……それはお互い様だろ……」 「そうだったな……」 2人で見つめ合って……何だか可笑しくなって笑い合った。 「仲を深められるのは宜しいのですが、食べ物をどうするか考えて下さいね」 セルリアさんが呆れ気味に手のひらを打ち鳴らし、ハッと現実に戻った。 そうだ……。 こっそり胸を揉んでみたけど……流石に出そうにない……ちょっとホッとした。 しかし母乳が出ないって事は何を飲ませたら良いんだろう……? いや……逆にクラウスが出せるとか……クラウスの胸をじっと見ていたら、耳元で 「拓斗が吸って確かめてみるか?」 そう囁かれたので取り敢えず、もう一発殴っておいた。

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