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第26話

髪がツンツンと引っ張られる。 精霊が何かを伝える様に髪を引っ張っていた。 髪が引かれる方を見ると部屋の中、根を張った木の枝に先程とは違う木の実がなっていた。 ……中学生男子なら興奮してしまいそうな……。 俺は思わず目を逸らしてしまったが、流石、大人の皆さん落ち着いていらっしゃる。 クラウスも特に反応する様子も無い。 「乳房の形に似てますね……この果汁を飲めという事でしょうか?」 セルリアさんが実を押して流れ出た果汁を手の甲に乗せて舐めて確認している。 「精霊達が教えてくれたんだ。これを飲ませろと言う事だろう」 そう言うとクラウスはためらい無くその実を一つもぎ取り、赤ちゃんの口元に近づけた。 「飲んでる」 お腹が空いていたのか勢い良く果実に吸い付いている。 「可愛いな……」 赤ちゃんを優しい眼差しで見守るクラウスの口元がフッと緩んで……間近で見るその微笑みに胸が高鳴った。 うう……ドキドキする。 至近距離で見るクラウスの深いエメラルドの瞳。 あの指輪のグリーンも気に入っていたけれど、やっぱり本物は何倍も綺麗だよな……心が吸い込まれていく様に……。 気付けば、指輪に口付けをしていた様に、そのエメラルドへ唇を寄せていた。 「たっ拓斗!?」 慌てて離れるクラウスに俺も慌てて体を離し、急に果実を取られた赤ちゃんが泣き出した。 「ああ!ごめん、ごめん……」 すぐにクラウスが果実を口元に運び、赤ちゃんは食事を再開させた。 「ふぅ……ごめん……クラウスの目を見てたら、指輪を思い出して……つい癖で……」 「いや……俺もあれぐらいで取り乱して済まなかった……」 …………。 セルリアさん達の視線が痛い……。 居心地悪く、頭を下げて果実を吸う赤ちゃんの様子を見つめ続けた。 ・・・・・・ お腹が一杯になって満足したのか赤ちゃんは眠っている。 満足そうに眠る姿についつい顔が緩む。 俺はミナの事……ミナから聞いた話をクラウスに説明をした。 「……じゃあ……この子はパルミナの力を継いだ子……そして俺と拓斗の想いでこの世界へ帰って来たという事か?」 「そんな感じっぽい……」 俺も詳しい事はよくわからないから何となくの説明しか出来なかった。 「拓斗……もうお前を元の世界へ還してやれそうにない……」 「クラウス?」 クラウスは俺の前に片膝をつくと手を取った。 「拓斗……俺と結婚して下さい」 真っ直ぐに俺を見上げて来る目は力強く……つい……たじろいでしまう。 「こっ……こちらこそ……お願い…し…ます」 上擦った声で必死に返事を返すとクラウスは嬉しそうに俺を子供の様に抱き上げてクルクル回った。 三半規管の鍛え方も違うのか目を回し、ヘロヘロの俺と違って真っ直ぐに立つクラウスにしがみついている。 「……クラウスの結婚するのは別に良いんだけど……王妃なんて俺に務まるのか……?」 「気負う必要は無い。お前が前に出る必要はない……と、言うより誰にも見せたくない」 本当に別人の様に俺をぬいぐるみでも抱く様にして、独占欲を見せてくれる……けど。 「……いや、王妃として駄目だろう」 元の世界でも国のえらい人の奥さんは注目されながら妻として外交やらを支えていた。 「俺の横で笑っていてくれれば、それだけで……俺は何でも出来る気がするんだが……」 笑うクラウスの周りで精霊達が仄かな点滅を始める。 『ユーグアス タスケル』 『ユーグアス アイスル キモチ ワタシタチニ チカラクレル』 精霊達も張り切ってくれている。 クラウスは姿は見える様になったがまだ声は聞こえていない様でユーグアスと呼ばれても反応していない。 「拓斗?どうした?」 光るその一つ……一人?に手を伸ばして指に乗せた。 「ユーグアスじゃないよ……クラウスだよ」 『ユーグアス チガウ?』 『クラウス……クラウス……』 『クラウス ノ タカラモノ タネ ソダテタ』 宝物って……俺の事……かな? 「俺は拓斗……タクトだよ」 「拓斗……精霊と会話が出来るのか……?」 不思議そうに俺と精霊の様子を見守っていたクラウスも精霊達を突つく。 「俺の中にパルミナの種らしい物があって……その力のせいかも……」 『パルミナ ノ コドモ ダイセイレイ ウマレタ』 『タクト クラウス アリガト ミンナ フタリ チカラ ナル』 「頼もしいね」 笑いかけると精霊達はぐるぐる回りながら光を強く発した。 ミシミシと音が響き建物が揺れ始めた。 「地震!?」 寝ているミナの上に覆い被さると、俺の上にクラウスが被さって来た。 …………。 揺れが止み、目を開くと室内には明るい光が射し込んでいた。 窓を覆っていた物が無くなった様だ。 「大丈夫か?拓斗」 体を起こしたクラウスも周囲の様子を伺っている。 「クラウス様ご無事ですか?どうやら城への道も再び開けた様です」 部屋に入って来たセルリアさんに促され建物の外へ出てみると、一本の木に建物は飲み込まれて……いや木をくり抜いて作った家みたいになっていた。 「剥き出しになっていた根は全て消えた様だな」 「これでまた馬車が通れますね。行き来が楽になります」 クラウスとセルリアさんは山道を眺めている。 「道、通れなくなってたんですか?」 「ええ……まるで心を閉ざしてしまった様でした……ありがとうございます。神子……拓斗様」 セルリアさんに初めて名前で呼ばれ……ドキッと心臓が跳ね上がった。 「拓斗……お前の事は全て受け止めようと思ってはいるが……浮気は見えないところで頼む……俺はそこまで強い男じゃない」 真面目な顔で肩に手を乗せられた。 真面目な顔で何を言ってるんだ!? 「は!?浮気!?するわけ無いだろ!!そんなにフラフラして見えんのかよ!?」 ムッとして肩に乗せられたクラウスの手をつねり上げるとクラウスは真っ赤になってはにかんだ。 「そ……そうか……しないのか……俺だけか……」 デレッと相好を崩したクラウスにこちらが恥ずかしくなってくる。 コホンとセルリアさんがわざとらしく咳払いをした。 「クラウス様……私は一度城に戻り報告をしてまいります」 「いい……俺が報告に行く。お前は俺の留守中、拓斗と子供を守ってくれ」 「しかし、クラウス様……」 王子一人で出歩くって……しかもクラウスは小さい頃から命を狙われてるって……。 ギュッとクラウスの服の裾を引っ張った。 「大丈夫だ。俺には精霊達がついている」 安心させる様に頭を撫でられて、微笑まれる。 「留守の間、俺と拓斗の子……宜しくな」 額にクラウスの唇がふれた。

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