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第4話

初めての発情期(ヒート)を終えたばかりでやはり心配だったので2日ほど休ませてから出発した。 帰りは荷が増えるだろうが行きは身軽だ。私の背に振り分けにした籠と野営するための毛皮とテントとアオバのふくを入れた袋だけ。ノコギリも斧も籠に入っている。アオバを乗せたまま狩をするのは無理だろうが弓は使えるだろう。狩猟用の大弓は荷に挟み、護身用の短弓を携えた。 「アオバ、疲れたら言ってくれ」 「うん。リュカは疲れない?」 「このペースなら疲れる事はない」 「すごいね」 アオバは小さいから歩くだけでも疲れるらしい。常より多く休憩を取って様子をみた。 「アオバ、この葉とこの芽は食べられるぞ」 「わ! この葉っぱ、甘い! この芽は柔らかくて美味しいね」 「こっちの根はどうだ?」 「か、辛い〜〜〜〜!!」 「辛いのが好きな者もいるのだが。それにこのカラミネを保存袋に入れておくと肉が腐りにくいんだ。アオバは甘い物や味の薄い物が好きなのか?」 「辛いのも苦いのも少しなら良いけど、たくさんは苦手。甘い物は好き!」 「そうか。肉はあまり好きではないのだったか?」 「鶏肉ならきらいじゃないよ」 「よし」 なるべく側を離れずに済むよう、大弓を取り出して上空に狙いを定め、矢を放った。 「アオバ、すぐ戻るが待っていられるか?」 「ここで待っていれば良いの? 大丈夫」 ドワーフの住処は山の中なので草原から森を抜けて行く。見通しのきかない森でアオバの側を離れる事はできないから、今獲物を狩れたのは幸先が良い。 「アオバ、オオガモだ」 「速っ! リュカ、本当に速いんだね。……トリ肉って……それ?」 「血抜きはしてきたからすぐに食べられるぞ」 いつもなら羽毛は全て保存するが、旅の途中では邪魔になる。特に有用性の高い風切羽と尾羽だけをしまって手早く捌いた。 「本当に血が出ない……」 「血の匂いを嗅ぎつけて寄ってくるヤツらがいるからな」 オオガモは大きいから私でも1度では食べきれない。火を起こし、持って来た串に食べる分を刺して焼く。 「これ、燻製にできないかな?」 「くんせい?」 「薄く切って塩を揉み込んで煙で燻すらしいんだけど……良く知らないの。さっと食べられて便利なんだ〜」 「いぶす……火の届かない所で煙だけ当てるのか。弓や矢を作る時にはやるが……」 物は試しだ。 塩を揉み込んで高い所に……吊るそうと思ったが草原には手頃な長さの枝がなかった。 「焼いてから保存袋に入れてみようか。生より焼いた方が保つし……」 「やってみよう」 保存袋を取り出すとアオバが念のためと言って袋の内部を燻した。そして塩で味をつけて焼いた肉の半分に潰したカラミネを塗って袋にしまう。辛過ぎたらそちらを私が食べれば大丈夫だろう。 休憩を終えて歩き始めた。 「アオバ、この花はいい香りだし食べられるぞ」 「ホントだ。ハーブティーにできそう」 「こちらは臭いが傷に効く」 「うぅっ……ほ、ほんとだ、生臭い……」 「何かと混ぜると臭いが無くなるらが、それは薬師しか知らないんだ」 「秘密なんだね。あ! あれは何?」 「穴ネズミだな。繁殖期だけあのような薄紅色になる」 「繁殖期! じゃあ近くに相手がいるの?」 「歳を重ねた方が子を産む。ほら、すぐそばにいるぞ」 「えぇ!? 全然見えないよ?」 何も知らないアオバだが説明をするとすぐに理解する。そして何事にも興味を持っているようだ。昼の休憩ではさっそく先ほどの花ではーぶてぃーを作ってくれた。 暖かい飲み物も良いものだな。 森の入り口近くの草原で初めての野営。 森の中を流れる小川の終着点だ。 この小川は地中に潜ってしまうので草原を流れてはいない。所々に泉が湧いているが。 野営地の結界を作動させてアオバを抱いて眠らせた。 「ここから森だ。獣や危険な魔獣が出る可能性がある。しっかり掴まっていてくれ」 「危険な魔獣!?」 「魔獣は近づく前に気付けるが小さな獣は殺気がないからな」 「……殺気がないなら危なくないんじゃない?」 「生き物を攫って大きな茸の苗床にする獣が危険なんだ。毒のある生き物もいる」 翌朝、森に入る際の注意を伝えたら怯えさせてしまった。だが不安げにしがみついてくるアオバ……愛しい。 「必ず守る。安心してくれ」 「ん……リュカ、ありがとう」 案の定、数回狙われたがアオバがぴたりと寄り添っていたおかげで難なく追い払えた。 ドワーフの街への道は整備されていてここにも野営地がある。当然、結界が設置してあるので安全に休める。そこには先客がいた。 「おや、こんな所にケンタウロスとは珍しい」 「ドワーフの街へ行く所だ。共に休ませてくれ」 「え、と……こんにちは」 「ん? ケンタウロスではないな。ドワーフの子か?」 「ニンゲンだ。貴方方はニンゲンの住処を知っているか?」 「ニンゲン……? はて?」 先客はアラクネの2人組だった。 アオバによるとニンゲンは織物をたくさん使えるようだったからアラクネと関わりがあると考えたのだが、知らぬのか。 私の背から降りたアオバは小さくてアラクネ達に可愛がられてしまう。 「私の運命のつがいなんだ。あまり構わないでくれ」 「これは失礼した。我らはあまり目が見えぬので触れて確認するのだ」 「きれいな瞳なのに見えないんですか?」 「ぼんやりは見えているよ。だが我々は糸の振動で形を知るのでな。最後はこうして手で触れるが習いとなっておる」 「アラクネ!」 アラクネのイタズラをアオバは気にしていないようだが、探り糸が服の中に入ろうとしていた。 「運命のつがいと言いながらまだつがっておらぬのか?」 「訳あって時期を見ている。余計な世話だ」 「だが我が誘われてしまうぞ?」 クスクスと笑っているから本音ではなかろうが不愉快だ。なるべく近づかないようにしよう。 「リュカ、あの……つがってない、って……?」 「アオバは知らないのだったな」 食事を終え、眠りに落ちる前に私の腕の中で可愛らしく問うてきた。 私はオメガがアルファ全般を誘うフェロモンを出す事、性行為中にうなじを噛む事で正式なつがいとなり、他のアルファを誘うフェロモンが出なくなる事、つがったら離れられなくなる事を説明した。 「アオバがつがいについてきちんと理解するまでつがってはいけないだろう。つがったら離れられなくなるし、アオバの世界にはケンタウロスがいないのだから私が行ったら問題が起きるだろう。だから……」 「つがわないと他の人を誘っちゃうの? あの時みたいに……?」 「……そうだ」 アオバは考えに沈み込み、そのまま眠ったようだ。 翌朝早々に出発して先を急いだ。 「あ、露の実だね」 「ダメだ!」 以前食べさせた露の実にアオバが手を伸ばす。確かに同じ実だがツルに隠れて獲物を待つヘビがいるので先にそちらを倒さないと危険だ。毒があり、咬まれると麻痺して動けなくなる。やがて毒が回ると呼吸ができなくなって死に至る。 すんでのところでヘビを掴み、頭を握りつぶした。 「ヘビ……ごめ、なさ……」 「なぜ謝る?」 「だって、僕が迂闊だから……」 「アオバはこのヘビを知らないのだろう? ならば当然だ。これから覚えれば良い」 一時的に家に帰ったとしてもまたこちらに来て私と生活を共にして欲しい。だからこの世界の事は私が教えよう。 「うん。行動する前に質問するね」 「アオバは賢明だな」 このヘビは縄張りに他のヘビを入れないので1匹倒せば安全だ。露の実をいくつか採ってアオバと共に味わった。 もう一晩野宿をすればアラクネの集落に辿り着く。そこの宿に1泊してまた更に3日歩けばドワーフの集落だ。まだ行った事はないが山の中の大きな洞窟に住処を作っているらしい。アオバならきっと喜ぶだろう。 薄闇に包まれる頃、アラクネの集落に到着した。

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