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第7話
ドワーフ達も私と同じく腰に何かを巻いただけなので宿の主人から文句も言われないだろうと、ニンゲンの姿で食堂に降り、茶を飲んだ。
はーぶてぃーとは違う香りだが、こちらも美味い。アオバも気に入ったようだった。
「まずはヴァルターの所に行ってから斧とノコギリの修理を頼みに行こう。それからナベやアオバが使いやすいナイフだな」
「うん。それに服もね? アラクネは下半身が蜘蛛だからズボンが売ってなかったの」
「ずぼん」
「ほらこれ」
アオバが自分で作ったふくの足や尻を覆う方を指し示した。
「自分で作るのではダメなのか?」
「僕はあまり上手くないから」
上手くできた服がどんな物か分からないが、店に行くなら見られるだろう、と宿を出た。
「ヴァルターの家は洞窟3階、入り口から12番目だったな」
「すごい……5段もあるんだ……それに奥があんなに深い」
巨大な洞窟はドワーフ達が長年掘り進めて形作った物だと聞く。まさかこれ程巨大だとは思わなかった。
「うぉっ!? なんだその姿は。魔法か? で、宿は取れたか?」
「あぁ、この姿を見せたらエルフ用の部屋を貸してもらえた。運命のつがいに合わせた姿に変化できる、と聞いたことはないか?」
「……アレか。信じちゃいなかったが本当なのか」
それはともかく、修理する斧とノコギリを見せてどこに持っていけば良いのか尋ねた。
「こりゃまた縁があるな。うちの親父の作だ。だが今はヘマやらかして生産も修理もできん。オレが直したんで良いか?」
「構わない。父上は怪我でもしたのか?」
「……夫婦喧嘩で炉に穴がな。修理しても10〜20日は慣らしをしなきゃならん」
ドワーフは小柄だが筋骨隆々で力があるから喧嘩になったら大変そうだな。アオバの身の安全に気を配ろう。斧とノコギリを預け、料理する道具についても相談すると他のドワーフを紹介された。
「俺は鍋やらは苦手なんだ。悪いな」
「手に入れば問題ない。ヴァルターの紹介だと言っておく」
「あぁ、技術的な事なら好きなだけわがまま言えよ。新しい挑戦が好きなやつだからな」
「魔法で動く物も作れたりします?」
「魔法で動く? ……鍋がか?」
「いえ、こう、豆をすり潰したり……」
「……悪いがオレにはさっぱりだ。向こうで相談してくれ」
「はい」
紹介された店で相談して、なべとふらいぱんとやかんとナイフを購入し、ぶれんだーと言う物の製作を依頼した。
次に服屋に行くとドワーフの女性が難しい顔をする。私が変化した姿はドワーフよりだいぶ背が高く、エルフよりガッチリしているそうで合う服がないと言う。
外に出られればいいのでサイズが合ってなくても帯で調節できる服にした。
それよりアオバだ。
小柄だがドワーフより華奢なので着ると鎖骨や肩が出る。鎖骨も肩も見慣れているはずなのにアオバの鎖骨には視線が吸い寄せられる。……触れたい。
「あまり肌の出ない服にしてくれ」
「それならこれかねぇ」
「リュカ、ぼくズボンだけでいいよ」
「坊や、可愛いんだからセットで着ておくれ。安くしておくからさ」
女将の言う通り、アオバは何を着ても似合う。もちろん肌を晒す服は私が断ったが多少サイズが合わなくても似合っていた。ついでに襟の合わせを留めるブローチも購入したのでうっかり肌を晒さずに済むだろう。
上下セットのエルフの子供用の服とドワーフ用の服、それからズボンも2着、下着を3着買った。裁縫道具も一揃い購入して一通りの使い方を教わる。
そしてぶれんだーが完成するまで滞在する事になり、依頼を受けてカガミドリを狩ったり、荷運びの手伝いをして過ごした。そばを離れる場合、アオバはヴァルターに預けた。
「ヴァルター! 土産だ」
ヴァルターにアオバを預け、出かけようとするとまだ幼いエルフがやって来た。……アルファだ。まさかとは思うが未だ正式につがっていないアオバの匂いに惹かれたら……
「ティエリ……来なくて良い」
「つれなくするな。運命のつがいじゃないか」
「運命のつがいなの!?」
「オメガか? 私にはヴァルターだけ…… アルファ! ヴァルターに近づくな!」
「うるせー! こいつはオレの恩人なんだよ。それにオレはガキは嫌いだ」
「同じ歳じゃないか。確かに姿はまだ幼いだろうが……」
聞けばこのエルフはヴァルターの運命のつがい(たぶん)だがヴァルターが子供を相手にできるか、と断っているらしい。だが匂いはすでに成熟していてつがう事はできるはずだが。
「お前らだってそうだろう? 相手に不満があるのにつがって離れられなくなったら……」
「アオバに不満なんてない」
「私だってヴァルターに不満などない!」
「オレはあるんだよ!」
だからヴァルターは首に枷のような物をしているのか。……万が一にもうなじを噛まれる事のないようにアオバにも付けさせるべきだろうか?
「ヴァルター、アオバにもそのうなじを守る物を付けるべきだろうか?」
「あぁ、アンタがすぐにつがわないなら付けといた方が安全だな」
「リュカ……」
本当はすぐにでもつがいたい。だがアオバの気持ちを尊重したい。
「サイズを合わせるからこっち来い」
「……は、はい」
「細えなぁ。エルフかよ」
「それエルフに失礼じゃないですか?」
「まぁ、ニンゲンなんて種族聞いたこともないからな。元々エルフの亜種って可能性も……」
「ふざけるな! ニンゲンとは異世界から迷い込んで人のつがいに発情する種族だろう! 助けた我らを手当たり次第に犯そうとし、物を奪い、魔獣を呼び込んで村一つ壊滅させたんだぞ!」
語気荒く捲し立て、ヴァルターを睨みつけるエルフの少年を横目に見ながらアオバの様子を伺うと、青褪めて震えていた。
「お前はこのアオバがそんな事をすると考えているのか?」
「こいつがニンゲン? ニンゲンにはベータしかいないと聞いた。オメガならニンゲンではないのだろう」
「ぼくはニンゲンです。でも…… ごめんなさい。ニンゲンには良い人も悪い人もいて……」
「アオバが謝る必要はない。それよりニンゲンは『いせかい』から迷い込むのか? 帰れるのか?」
「帰り方など知るか! ……あぁ、あのニンゲンも帰れないと分かった途端に暴れ出したそうだ。てんいだとかちーとだとか言い出して……」
「てんい……」
アオバが青褪めた。
「そっか、ぼく……帰れないんだ」
「アオバ……」
「おら、アオバのサイズは分かったから明日の夕方に取りに来い。んで今日は宿に帰って話し合え」
ヴァルターの言う通り、帰れないと知って消え入りそうなアオバを放っては置けない。すぐに抱えて仕事を断りに行き、宿に戻って茶を飲ませた。
「リュカ、ぼくの世界にはね、どこにもいないのにケンタウロスやドワーフやエルフがいる世界のお話がたくさんあるんだよ。だからここで見た事を帰ってからお話としてみんなに教えた人がいたんだと思ってた。だから帰れるって。でも……」
「アオバ……」
「ふうぅ、うわぁぁぁんっ!!」
悲しみが堰を切り、アオバが泣いた。やり場のない怒りや悲しみを吐き出すように……。私はただ、抱きしめて受け止める事しか出来なかった。
アオバは宿に閉じこもり、うなじを守るアクセサリーもヴァルターに来てもらって付けた。ブレンダーもナベもフライパンもヤカンもナイフも受け取り、斧とノコギリも受け取った。
アラクネの集落の宿の主人に用意しておくと約束した金の粒には足りないが、こちらの主人に私が何も壊さなかった事を一筆書いてもらったから問題ない。
「また来いよ!」
「何から何まで世話になったな。感謝する。助かった」
「お前らは命の恩人だぞ? 気にすんな!」
「……ありがとうございました」
「あー、アオバも……その、元気出せよ?」
「……はい、そうですね」
アオバの元気が無くて悲しいのに私ではどうする事も出来ない。優秀なアルファだなどと持て囃され、出来ぬ事などないと思い上がっていた自分に腹が立たしかった。
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