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第2話 一通のメール

 それは突然だった。  春樹が高校二年になり、明弘が優秀な人材が集う県外の大学に進学して直ぐの事だ。  明弘から一通のメールが届いた。  明弘が大学に行ってから一度も会ってはなくて、引っ越しや授業のカリキュラムが決まり、落ち着いたら連絡する。その言葉を春樹はずっと信じていた。  でも、メールの内容はそんな愛のある内容では全く無かった。  明弘は、大学先で運命の番と出会ったらしいのだ。 「そんな……」  文面は簡単な物だった。春樹に対しての罪悪感や後ろめたさなんて全く無いような、そんなとてもシンプルな内容だった。  春樹はそのメールを何度も見返した。  こんなの嘘だと強く否定した。でも、何度メールを読み返しても、内容は全く変わらなかった。  ごめん。その一言も無い。  それを見た春樹は、明弘の性格をもう一度考える。  明弘は昔から楽観的な部分があったと言う事を今更になって思い出す。 「酷い……酷いよ……明弘……っ」  明るくて優しくて、いつも前向き。でも、その反面、慎重さが欠けていて、周りが見えない時がある。  桃矢の前では嫌だと言う春樹に無理矢理キスしたり、触って来たり。春樹が桃矢と話していると、その間に入って遮断するなんて日常茶飯事だった。  そんな、自分の意思を強引に押してしまう部分もあった明弘に、時々、春樹は明弘と言う人間が何を考えているのか分からない時があった。  今回もそうだ。  強引に春樹との関係を終わらせ、春樹の返答を聞く事もせず、一人で完結している。 「なんで……なんで……」  相手は確実にΩ。αが運命の番に選ぶのはΩしかいない。  それが自分だと、春樹はずっと思って来た。明弘の言葉を信じながら。  でもまだ、発情期が来ない半人前なΩの春樹。そこも原因だったのかもしれない。 (発情期……)  そして、そう思った瞬間。春樹は自身の身体をぎゅっと強く抱いた。  今まで、明弘と番になる為に特攻薬なんて必要ないと思っていた春樹は、この、いつ来てもおかしくない状態でありながら、一度も病院に行って診察をした事は無かった。  明弘からも、行かなくても良いと言われた。  自分と番になるのに、そんな物は必要ないとキッパリ言われたのだ。  その言葉を信じて今があるのに、その事を忘れたのか、それとも、無かった事にしたいのか。明弘は違う人間を番にしようとしている。 「俺……どうしたら良いの……」  春樹は、いつ来るか分からない発情期にビクビク怯える日常を過ごすなんて、今まで考えてもいなくて、今、この状況があまりにも信じ難い出来事だった。 「桃矢……怖いよ……っ」  無意識に出た桃矢の名前に、春樹は涙が溢れる。 「トウヤ……」  縋りたい。桃矢の背中に。  また、『馬鹿だな』そう言って、意地悪く頬を抓って欲しい。  でも、桃矢はここにはいない。  恋人と二人で旅行に行ってしまったのだ。その光景を、春樹は自身の部屋の窓から見てしまった。  大きいトランク二つをタクシーに乗せる桃矢。そして、それを見詰めるのは、茶髪の毛先をふわっと巻いた可愛い彼女。  春樹はそんな二人をそっと見詰め、無意識に「いいな……」そうボソッと呟いた。  すると、それが聞こえるわけがないのに、春樹の視線に気付いたのか、桃矢がこっちを向いた。そして、視線が重なり、春樹は手を振ろうと右手を挙げ掛けた。けれど、桃矢は嫌な顔をして、視線を逸らし、タクシーに乗ってしまったのだった。  それが春樹にはとてもショックで、カーテンを勢いよく閉め、ギュッと下唇を噛み、このよく分からない感情を一人で抱えた。そして、数時間後。明弘からあのメールが来たのだった。 (行かないでって言えば良かった……)  何故か、こんな状況になり、そんな事を思ってしまう春樹。  明弘に振られ、自暴自棄にでもなっているのだろうか。  自分でも分からない。  でも、一つだけ分かるのは、今、ここには桃矢がいない。それだけだった。

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