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第3話 どうしてここに
「今……何時だろう……」
ずっとベッドの上で茫然としていて、辺りが暗くなってるのにようやく気付いた春樹は、電気を点けようとベッドから降りようとした。けれど、その時。ドカドカッと廊下を勢い良く歩く音が聞こえた。
「だ…誰……？」
両親は今日、どっちもいない。だから、人なんているわけがない。
春樹は近くにあったクマのぬいぐるみをギュッと抱き、ベッドの中へと潜り込んだ。
どうか、ここにな来ないで下さい。そう、心の中で願った。
「春樹ッ！」
でも、その声で、春樹は毛布から顔を出した。そして、パッと部屋が明るくなる。
「と……うや……？」
そこにいたのは桃矢だった。
「何度もインターホン押したのに出ねーし。電話も繋がらないし、ふざけんなよッ！」
「ご、ごめん……」
「たくっ。鍵が開いてて良かった……」
そう言って、安堵した顔をする桃矢。心から春樹を心配してくれていたのだと、その顔、その声で伝わる。
「電気も点いてねーし……まだ帰ってねーのかと思った……」
桃矢はそう言うと、春樹の隣にドカッと座った。そして、足を組み、春樹のおでこをバシッと痛くない程度に叩く。
「帰ってんなら電気くらい点けろよ」
「ごめん……。でも、なんで桃矢がここにいるの？ 彼女と……お泊まり旅行だったんでしょ？」
「行ったよ。でも、目的地に着いたら明弘からメールが来た。……運命の番に出会った。そう書いてあった」
まさか、桃矢にもそんなメールを送っていたなんて。明弘の考えが更に分からない。
「そっか……。明弘、桃矢にもメールしてたんだ。それで、桃矢は僕を心配してくれたの？ もー。俺、大丈夫だよ。心配いらないよ」
「春樹……」
「彼女に悪い事しちゃったね。怒ってるんじゃない？ 早く戻った方が良いよ」
そう言って、春樹はニコッと笑った。
桃矢にこれ以上心配を掛けてはいけないと思ったのだ。弱っている人間をほっとけない桃矢。今だって、振られた春樹を心配してここに来てくれた。
「いや、別に気にしなくて良い……。アイツには話したから」
「そっか……」
友人が失恋をして落ち込んでいる。そう言って来てくれたのだろうか。
春樹は彼女に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
でも、桃矢が自分を優先してくれたのが嬉しいと思ってしまう自分がいて、そんな事、思ってはいけないと、自身にブレーキを掛ける。
「でも、本当。大丈夫だよ。俺、だい…じょ……っ」
大丈夫。それは、誰に言っているのだろう。
桃矢に、それとも、自分に。それがよく分からなくなって、春樹は泣き出した。
「ごめっ、桃矢……っ。俺、ごめんっ……っ」
桃矢に迷惑を掛けた。
なのに、こうやって、弱っている時に桃矢が側にいるのが、春樹には嬉しかった。嬉しくて、涙が止まらない。
そんな春樹を見て、桃矢が下唇を噛む。そして、「あの野郎……」と呟き、春樹の身体を力強く抱き締めてくれた。
その時、いつもとは違う甘い匂いがした。その匂いは桃矢から放つ匂いではない。
人工的な香水の匂い。
(馬鹿だな……俺って……)
今更になってハッキリと気付く、桃矢への気持ち。
「本当、アイツは昔からそうだ……。昔から、自分の事しか考えてない……。何が運命の番だ。ただ、側に好みのΩがいただけだ」
「でも……俺も悪かったんだよ……」
側にいるだけで良いと思っていた。
楽しく笑って、買い物して、ご飯を食べて。それだけでも良いと春樹は思っていた。
でも、明弘は、そんな春樹に時々苛立ちを見せていた。顔は笑っているのに、心では笑っていない。そう、感じ取った時もあった。
そして、明弘からの身体の関係を拒み続けた結果が今なのかもしれない。そう、今なら思う。
「こんな時もアイツを庇うのか？ 番にするって約束してたんだろ？ なのに、他の男を番にするって酷いだろ！」
桃矢はそう言って自身の頭をガシガシッと掻くと、春樹の身体を勢い良く押し倒した。
「とう……や……？」
「お前が好きだ」
「え……？ 嘘……」
「嘘じゃない。だって、俺とお前は……」
そう言いかけ、桃矢の携帯が鳴った。この場面を見計らったかのようなタイミングだ。たぶん、いやきっと、彼女からの電話だ。
「桃矢。彼女、待ってるよ……出ないと」
「いや、いい」
「良くないよ。大事にしなきゃ……ね」
春樹はそう言うと、桃矢の胸板をトンッと優しく押した。そして、ニコッと笑う。
もう、これ以上桃矢を好きになってはいけない。頼ってはいけない。だって、桃矢の彼女に自分と同じような思いをさせたくはない。
「それがお前の答えか……？」
その言葉に、無言で頷く春樹。その返答を見て、桃矢の顔が悲しげな物に変わる。それは、あの時見た物と同じだった。
桃矢は「そうか……」そう春樹に言って、部屋を出て行った。
「桃矢……」
これで良い。これで良いんだ。春樹はそう自分に言い聞かせ、二番目に好きだった人、いや、一番大好きな人を自らの手で手放したのだった。
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