19 / 31

第19話

 獣人(ベイン)の里に来て半年ほどが過ぎた。  初日から毎日三回ずつ薬を飲み続けた結果、一ヶ月ほどで身体の調子が戻ってきた。つわりもなくなり、食欲も回復し、肌艶もよくなった。いつの間にか子も下ったようで、由羅はホッと胸を撫で下ろした。 「…………」  滲んできた汗を拭い、針と糸を置く。  今は九月。今年は残暑が厳しく、中旬になってもうだるような暑さが続いていた。由羅はなるべく涼しい室内にいるが、それでも時折黒髪からぽたりと汗が垂れてくる。首に嵌めている金属製の輪っかも、夏場に至っては鬱陶しくて仕方がなかった。 「由羅ちゃんはまだ引っ越しないの?」  一緒に針仕事をしていたロイドが話しかけてくる。ライアルがいない時は、彼が代わりに側にいてくれた。本人は「オメガを観察できる貴重なチャンスだから~」などと言っているが、苦手な針仕事を手伝ってくれるところからして、彼も彼で親切なのだと思う。  ロイドは言った。 「最近、獣人狩りが激しくなってきたからねー。猪俣でも新しく鉄砲を三〇丁ほど仕入れたみたいだし、そろそろここにも火の粉が飛んでくるかも。由羅ちゃんも早く移動した方がいいよー」 「いや、私は……」  獣人狩りは以前から行われていたが、ここ最近は特に動きが活発になっているようだった。  猪俣の追っ手がライアルに打ちのめされたことから、「由羅が獣人に喰い殺された」という噂が流れているらしく、領主・好文は「この際だから」と森ごと獣人を根絶やしにするつもりでいるんだとか。鉄砲などの銃火器を大量に仕入れているのはそのためだという。  故にライアルは、里を手放して新たな理想郷(ユートピア)に移ることを決め、戦力にならない老人や女子供から順々に移動することを厳命した。半年経った今では、里には十数人程度しか残っていない。  当初は由羅も、早い段階で里を出ることになっていたのだが……。 「私はライアルと一緒に里を出るよ」 「……まあ、その奥サマっぷりは健気だと思うけどさ。由羅ちゃんは戦力ゼロでしょ? 怪我でもして妊娠できなくなったら大変じゃない。何なら僕の背で運んであげようか? これでも一応、鷲だしさ」 「ありがとう……。でもライアルがここにいるうちは、なるべく側にいてあげたいんだ」

ともだちにシェアしよう!