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恋を失う6
……うわ。
慌てて回れ右をして給湯室から出ようとした時、修平がくるっとこちらを向いた。まともに目が合ってしまって、拓斗は固まってしまった。
ぎこちない空気が漂う。
必死で目を逸らそうとすると
「コーヒー?豆のストック切れたみたいだから、総務でもらってくるけど」
「っ…」
平然と微笑みかけられて、言葉を返せない。
修平は付き合う前も最中もそして別れた後も、会社ではずっとこんな調子だ。ポーカーフェイスを決して崩さず、ごく普通の同僚として振る舞う。そういう冷静沈着な所が、憧れだったり頼もしく感じた時もあったが、今となってはその平然とした態度が恨めしい。
……こいつにとっては、俺と付き合うのも別れるのも、たいしたことじゃなかったんだな…。
まだまだ男女が付き合うのが主流の世の中で、マイノリティである自分が、気が合う友人以上の感情をお互いに持てる同性に出逢うチャンスは少ない。
だからこそ、自分はうっかり夢中になり過ぎたのだ。滅多にない恋に縋りついてしまった。冷静になれなかった。
「あ、じゃあ……俺が取りに行って…」
ようやくの思いで言葉を絞り出しながら、踵を返しかけた拓斗の腕を、むんずと掴んでくる。
驚いて振り返ると、修平がじっとこちらを見下ろしながら
「いい。俺が行きますよ。それより深月さん、あなた顔色良くないですね。大丈夫?」
拓斗は思わず修平の目を見つめてしまった。
どういうつもりなのだろう、この男は。
まるで何もなかったような平然とした顔で、腕を掴んできたり、こちらの身を心配してみせたり。何を考えているのか、全くわからない。
「は……、離せよっ」
拓斗は腕を振りほどくと、顔を背けた。
「ああ。ごめん」
修平の声は淡々としている。謝られて罪悪感に苛まれている自分とは違って、きっと気にも留めていないのだ。……分かってる。
拓斗は唇を噛み締めて給湯室から出た。
胸の奥の傷は癒えるどころか、じくじくと膿んで痛み続ける。
ダメだ。今は仕事のことに集中しなければ。
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