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恋を失う8

「とりあえず、ビールで。深月くんは?」 「あ、俺も同じでいいです」 店の人間が行ってしまうと、佐々木はポケットから煙草を取り出し、火をつけた。 「元気ないのは本当に体調不良だけかい?」 ……うわ。早速きた。 やっぱり何か思うところがあって誘ってくれたのだろうか。 拓斗は見ないようにしながら、佐々木の表情をさり気なく観察した。 「まあ……そうですね。人間関係とかで、いろいろ悩んだり……」 「君は……岩館くんとは仲良いの?」 不意に出てきた予想外の名前に、拓斗はきょとんとなった。 「岩館さん……?4部の…ですか?」 うちの隣の第4部の営業内勤だ。修平と同じ部で、佐々木とも同期の男だった。 佐々木は岩館とは出身大学も同じで、休日にも一緒に出掛けたりする親友だと聞いている。 「そう。岩館くん」 「同じ内勤なので、よく一緒に昼飯食いに行ったり、工場に行く時に便乗させてもらったりしてますけど」 「……そうか」 佐々木はもっと何か言いたげだったが、ビールと突き出しが運ばれてきて、その話はいったん流れた。 佐々木は、顔もいいし性格も穏やかで優しく仕事も出来て、社内の数少ない女子社員がこぞって好意を寄せているモテ男だ。上司からも部下からも信頼され慕われている、理想のリーマンなのだ。 だが……唯一の弱点は、酒が弱い。 もう何度も一緒に飲みに来ているから知っているが、弱いだけじゃなく、キャラが急変する。 ものすごい甘えん坊の絡み酒なのだ。 初めてその変貌ぶりを見せられた時は、かなり焦ってドギマギしたが、今ではもう慣れっこだ。 「なあ……深月。いや、拓斗。よーく聞けよ。やっぱり男ってのはいろいろ損だよなぁ…」 「はいはい、いいからもうやめておきましょうね。その話、何度目ですか」 自分のグラスに手酌しようとする佐々木の手首を掴んでやめさせ、ビール瓶を取り上げる。

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