9 / 164

恋を失う9

佐々木は手を振りほどき、逆にこちらの手首を掴んできた。 「いいんだよ。もっと飲ませろー。今日はとことん飲みたい気分なんだ」 「ダメですよ。佐々木さん、それ以上酔うと寝ちゃうでしょ?」 「おまえはー。水臭いって言ってるだろ?和弘って呼べよ。会社じゃないんだからさ」 拓斗は、はぁ…っとため息をついた。 佐々木はたぶんノンケだ。社内の女子社員から告白されて付き合っているという噂も聞いている。 一緒に飲んで、初めてこのテンションで絡まれた時は、心臓がドキドキした。 もしかしたら、自分にその気があるんじゃないかと思わせるような、なんとも人たらしな可愛らしい絡みっぷりなのだ。 ぐらぐらと身体を揺らしながら、目元を紅くした佐々木が寄りかかってくる。ぴったりと腕にくっつかれて、薄い2枚のワイシャツ越しに、彼の体温が伝わってきた。 こちらもそれなりに酒が入っていて、自制心が弱くなっている。 こういう時は危険だ。特に失恋直後の不安定な心は、別の何かに縋りたくて揺れている。 拓斗は目をぎゅっと瞑って、佐々木の身体を押し戻した。 「ほら。もう眠くなってきてますよね?佐々木さん」 「和弘って呼べって。おまえまで、俺につれなくするのかよ…」 拓斗はハッと目を見開き、隣の男の横顔をまじまじと見つめた。その声音に、せつなげな苦しげな色が滲んでいる気がしたのだ。 「佐々木さん?」 佐々木は完全に酔いがまわった目で、じろっとこちらを睨んで 「おまえさ。岩館とは、どういう関係?」 まただ。 また予想外のその名前が出た。 なんだかいつもと違ってひどく参っている様子だから、もしかしたら付き合っている彼女と別れたのかと思ったのだが。 「どういうって……。岩館さんは俺にとっては先輩のお1人ですよ、貴方と同じです。たしか佐々木さんとは同期ですよね?」 「んー……あいつは同期で、親友な。俺の幼馴染みでもあるよ」 「え……幼馴染み?それは、知らなかったです」

ともだちにシェアしよう!