11 / 164

恋を失う11

「あいつは俺の、命の恩人なんだよ。あいつがいなければ、俺は今、生きてこうして酒なんか飲んでない」 ……それはちょっと……ヘビーだな。 今まで何度も一緒に酒を飲んできたが、ここまで個人的な話題にはなったことがない。 自分はもともと不器用で、人付き合いは上手くないし、だからなるべくオンオフは分けたい方だ。それに、会社の人間とあまり親密になり過ぎると、プライベートで気まずくなった時に仕事にまで影響が出る……ということを今回の失恋で学んだばかりなのだ。 だが、どんな内容なのか、ちょっと気になる。 「命を、助けられた?」 「そ。そのせいであいつ、片耳が少し不自由なんだよ。片目の視力もかなり悪い」 また新情報だ。それは噂でも聞いたことがない。 「ね、佐々木さん、そういう話、俺なんかにしちゃって大丈夫ですか?」 酔って自制心をなくしているのなら、後で自分に話したことを後悔するかもしれない。 ぐらぐらしていた佐々木が、ひょいっと顔をあげてこちらを見る。何故だか不思議そうな顔をしていて 「目と耳の話なら、あいつとちょっと仲いい奴なら皆知ってるよ?……そうか……君はそこまであいつと親しいわけでもないのか」 それはさっきも言ったはずだ。 拓斗は内心ちょっと拗ねた。 「それで。佐々木さんは何をそんなに悩んでるんですか?」 拓斗が少し強い口調で問い質すと、佐々木は急に気弱な顔になり 「んー……まあ、いや、いいんだ。ちょっと俺が勘違いしていただけかもしれない」 煮え切らない言い方で言葉を濁すと 「深月はさ、小川くんとはたしか結構仲いいんだよな?」 急に矛先を違う方向に向けてきた。 今度は拓斗の方が落ち込む番だ。 小川……というのは小川修平。 つまり、自分が別れたばかりの元カレのことなのだ。 「あ……いや、そんな仲いいってほどじゃ」 拓斗が目を逸らし、ビールのグラスを煽ると、佐々木は食べ残しの唐揚げを、ひょいっと摘んで口に放り込み 「小川くんから聞いてるよ。休みの日、あちこち出掛けてるって。そういや前に、あいつの故郷まで一緒に旅行してたよな?」 口をもぐもぐさせながら、無邪気にそう言い放つ佐々木に、拓斗は頬を引き攣らせた。

ともだちにシェアしよう!