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恋を失う16
「へえ。本当に猫だったのか」
「猫ですよ。疑ってたんですか?」
「いや、そういう訳じゃないけどな。可愛いな、こいつ。名前は……チビか?」
拓斗はちびをひょいっと抱き上げ、顔を覗き込んだ。
「んー……まだ名前つけてないんですよね」
「みゃ~」
佐々木はふらふらと立ち上がって、横からちびの顔を覗き込み
「ちびじゃ芸がないよな。んー……よし。俺が命名してやる。今日からおまえは和弘だ」
拓斗は眉間に皺を寄せて、佐々木の顔を見た。
「和弘って。それ、先輩の名前。しかも猫に和弘って」
「じゃあ、カズだ。それなら呼びやすいだろ?」
真剣な顔で尚も言い張る佐々木の強引さに、拓斗はなんだかおかしくなってきた。佐々木は酔うと本当に人格が変わる。強引なのだが、何故か憎めない。
「や。それも変ですって。も~。ネーミングセンスなさすぎですよ。却下です」
「なんだよ、笑うなって。いいから俺の名前にしとけ。先輩の命令は絶対な」
「や。ダメですって、それはないです、むりむり」
「お。可愛くないね~、おまえは」
「可愛いわけないですよ。俺、男だし」
「にゃー」
身を震わせてくすくす笑う拓斗に、ちびが離せとばかりに足をじたばたさせた。床におろしてやると、尻尾をぴんっと立てながら佐々木の足元に擦り寄っていく。
「ほら見ろ~。こいつも俺の名前が気に入ったって言ってるぞ?」
「いや、無理ですって。だってその猫、女の子ですよ?」
拓斗が笑いを噛み殺しながら告げると、佐々木はなぬ?っと目をむいた。
「なに?女の子かっ。んー……じゃあカズってのは流石にないか」
「でしょ?」
拓斗は、佐々木の足元にしゃがみこんでちびの頭を撫でると
「おまえ、お腹空いたろ?遅くなってごめんな。今、ご飯用意してやるよ。あ、先輩。そこ座っててください。コーヒーいれてきます」
「先輩、とりあえず、ベッドで寝てくださいね。俺は床にマット敷いて寝るんで」
拓斗がいれたインスタントコーヒーを啜りながら、佐々木が首を傾げた。
「いや。それは悪いよ。俺が勝手に押しかけたんだから、俺が床で寝るから」
佐々木の口調は、だいぶいつもの穏やかで紳士的な雰囲気に戻っている。酔いが冷めてきたのだろう。拓斗はふふっと笑って
「酔い、醒めました?」
「うん。醒めてきた。ごめん、無理やり押しかけてしまったよな」
「俺は別に構わないけど……明日、どうするんですか?スーツ。同じの着ていくことになっちゃうけど」
佐々木は苦笑して
「だよなぁ……おまえの借りるって言っても、サイズが合わないか」
「うーん。無理ですよね。身長違いすぎるし。下着とネクタイぐらいなら、貸せますけど」
「じゃあ、ネクタイだけ変えていくか」
「ふふ。また女子の噂のネタにされますよ。昨夜はお泊まりの朝帰りかも?って」
佐々木はんー?っと天井を見上げ
「まあ、お泊まりの朝帰りには違いない。可愛い女子のとこじゃないけどな」
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