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恋を失う25
不意に、頭上から声が降ってきて、拓斗は息を飲んで振り返った。
修平だ。怪訝な顔をして自分を見下ろしている。拓斗は焦って、紙の束をかき集めながら立ち上がった。
「あ。すみません」
書類の束を全て腕に抱えて、そそくさと立ち去ろうとすると、修平が何故か一歩寄ってきてこちらの腕を掴んだ。
「岩館くんと、何、話してた?」
周りに聞こえないように声をひそめているが、妙に詰問口調だった。
「何って……別に。仕事の話を」
「ふーん。あなた、今日、仕事が終わったら、俺のアパートに寄れる?」
相変わらず、あなたなんて変な呼び方をする。
拓斗は眉を寄せて
「今日は俺、残業決定なので」
「……断るんだ?」
修平が何を言いたいのか分からない。
別れたのだ。もう。
誘われて、ほいほいついて行くわけ…ない。
「何の……用ですか?俺、」
「来るの?来ないの?」
修平が会社でこんな話をすること自体、珍しい。しかも、何だか必死に食い下がってくる。
正直、心が揺れた。グラグラだ。
もしかしたら……また前のように戻れるのかも?なんて、思ってしまう。
好きで別れた訳じゃない。
別れを切り出したのは自分の方だが、修平がどんどん冷たくなっていくのが辛くて、自分から断ち切ってしまったのだ。
別れる、と、自分が言い出した時、修平はまったく予想していなかったという顔をした。
あの心外そうな表情は、今でも夢に出てくる。
自分は何か、早まったことをしてしまったんじゃないかと、ずっと気になっていたのだ。
「……行きます。遅くなっても、いいなら」
「分かった。待ってる」
修平は小さく囁くと、途端に素っ気ない態度になって手を離す。拓斗は踵を返して、自分のデスクに戻った。
資料の束をデスクに置いて、そのまま急いで洗面所に向かう。
鏡に映る自分を見つめて、大きなため息をついた。まだ、胸がドキドキしている。
うっかり、行くなんて言ってしまった。
あそこは断るべきだったのだと、頭の隅で理性が囁く。
修平が職場で他人行儀なのは付き合っていた頃からだ。だから、さっきの態度からは判断出来ない。どういうつもりで、自分をアパートに誘ってきたのか。
……ヨリを戻す……って、意味なのかな……
もしそうなら、自分は嬉しいのだろうか。
鏡の中の自分をじ…っと見つめる。
嬉しいに決まってる。
恋を失ってこの1週間余り、自分は泣いてばかりいたのだから。
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