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第2章「それは違う」1

工場から戻ると、課長と佐々木は慌ただしく別の取り引き先に出掛けて行った。それを見送り、残された拓斗は、デスクの自分の椅子に、へたり込むように腰をおろした。 張り詰めていた緊張が、一気にゆるむ。 ドっと精神的な疲れが押し寄せてくる。 工場長にも取り引き先の重役にも、厳しく叱責され嫌味を言われた。衆人環視の中でのそれはかなりキツかった。でも自分のミスだからと覚悟はしていた。 だから、責められる言葉よりも、帰りの車の中で、課長と佐々木に慰められた言葉の方が堪えた。 2人とも、会議では徹底して自分を庇ってくれたのだ。そして、青ざめ顔を強ばらせている自分に「ミスは誰でもある。同じことを繰り返さなければいいんだ」「こういうのはいい経験なんだよ。おまえのは取り返しのつかないミスじゃないだろ。まったくミスをしない奴より確実にスキルはあがってるから」そう口々に言って、穏やかに微笑んでくれた。 拓斗は、2人の言葉に、不覚にも泣いてしまった。そしてしっかりと心に刻んだのだ。同じミスはもう二度と繰り返さない。自分のせいでこの2人に、今回のような迷惑はかけたくない。自分の今後に期待してくれる彼らにキチンと応えられる自分でありたいと。 「もう昼だけど、深月くん、今日どうする?」 同じ課の営業の三浦さんが、遠慮がちに声をかけてくれた。顔を上げると、みんな気を遣ってくれているのが分かる。 「ありがとうございます。俺、ちょっと調べ物があるんで、昼はコンビニで買ってきて軽く済ませます」 三浦は優しく微笑んで、肩をぽんっと叩くと 「あんまり気に病むなよ。君は頑張ってるからね」 軽い口調でそう言って、みんなを連れてデスクを離れて行く。 いつもは、内勤や出掛けていない外勤で誘い合って、近くの定食屋に行くのだ。うちの課は比較的若手が多いせいか、他の課に比べて、みんな仲がいいと思う。 拓斗も、誘われるといつも一緒に行くのだが、今日だけは、昼の時間ぐらい独りで静かに過ごしたかった。 弁当持参の連中が、空いている会議室や休憩室にぞろぞろと向かう。 拓斗はいったん会社から出て、近くのコンビニでおにぎりとお茶を買った。再び会社に戻ると、営業課が入っている階のひとつ上に、エレベーターで向かった。 管理室で社員証を提示して、資料室の鍵を受け取る。この階の一番奥。滅多に使われていない第3資料室へと向かう。 鍵を外してドアを開けると、室内は薄暗く、空気がこもって澱んでいた。拓斗は構わず、そのまま奥の古ぼけたソファーに行くと、軽く埃を払って腰をおろした。

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