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それは違う32※
「まだ物足りない顔してる」
何度目かの絶頂の後、意識が完全に白く溶けた。次に目を覚ますと、修平はもう部屋着を身につけて、いつもの表情の乏しい彼に戻っていた。
唇を指先でなぞられて、何か答えようと声を出すと、嗄れた咳だけが「けほっ」っと出た。
喘ぎすぎて喉がカラカラだった。
「水。飲む?」
拓斗は気怠さを堪え、修平の顔を見つめると、目だけで頷いた。
修平が手に持っていたペットボトルを煽ってから、かがみ込んでくる。
唇をつつかれて開くと、口づけが降りてくる。口移しに冷たい水が流れ込んできた。
コクッコクっと喉を鳴らして飲み込むと、修平はまた水を口に含んで唇を覆う。
何度かそれが繰り返され、拓斗は少し咳き込んでから呟いた。
「も……いい」
修平は微笑んで頷くと、指先で頬を撫でてくれる。その手つきがうっとりするほど優しくて、必死に開けていた目蓋が重くなってくる。
「拓斗、眠い?寝てもいいよ」
柔らかい口調で囁いて優しく髪の毛を撫でてくれる。心地いい。幸せだった。
拓斗は知らぬ間に、また深い眠りに落ちていった。
身体の火照りがずっと引かない。下腹も尻の狭間も、ずーっと熱を持って疼いていた。そのせいなのか、いろいろな淫夢を見続けていた気がする。時折、微かに意識が浮上して、目を開けると隣に修平がいて、優しく微笑んでくれる。
付き合い始めの頃に戻れたのだ。あの幸せだった頃に。拓斗は安心して微笑むと、またトロトロと眠りに落ちていった。
ハッと目を開ける。カーテンの隙間から漏れる朝の光が眩しい。
……ここ……どこだ……?
まだぼんやりしている頭で考えていた。
昨夜……自分は……。
天井の木目を見つめていた拓斗は、不意に大きく目を見開いた。
ここは修平の部屋だ。昨夜、自分は誘われてここに来て、そして……。
下腹の思い疼きは治まっている。
でも、ダメだ。こんなはずじゃなかったのだ。
昨夜は修平と過ごした後で、遅くなっても自分のアパートに帰るつもりだった。
だってアパートの部屋には……ちびがいる。
拓斗は息をのみ、ガバッと身を起こした。
途端に、くらりと目眩を起こしておでこに手をあて項垂れる。
酒を飲み過ぎた翌日の二日酔いに似た感じだ。
「おはよ。どうした?」
すぐ隣で声がする。拓斗は指の間からそちらを見た。
修平がじっとこちらを見上げていた。
「猫……」
「え?」
「仔猫、アパートに。帰らなくちゃ、俺」
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