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それは違う34
ロフトに近づきながら、両手を上にあげると、ちびは修平をちらちら気にしながら、そっと階段に姿を現した。
「お腹、空いたろ?今、ごはん出してやるから。おいで」
もう一度促すと
「なーん……」
また弱々しく鳴いて、ちびはとてっとてっと階段を降り始めた。手の届く所まで降りてきたちびの両脇に、手を入れて抱き上げる。
「にゃー……」
ちびは後ろ脚をモゾモゾとさせて、大きな瞳でこちらをじっと見た。いつもより少し元気がないが、それほど弱っている様子もない。拓斗はホッとして、ちびを抱き寄せ頬擦りした。
「猫、飼ってるなら先に言ってよ。そしたら泊まらせずに、あなた帰したのに」
「うん……ごめん」
ミルクを美味しそうに舐め、皿に出してやったツナ缶に、はぐはぐとかぶりついているちびをしゃがんで見守っていると、すぐ隣に、同じくしゃがんだ修平に呆れ声で怒られた。
「まだちっちゃいなぁ。いつから飼ってるの?こいつ」
「……1週間……ぐらい前?」
「ペットショップで?」
「ううん。迷い猫。たぶん捨て猫…かな」
「そっか」
それきり口を噤んだ修平が、そっと手を伸ばして、ちびの身体を優しく撫でる。ちびは少し驚いたように顔をあげ修平の方をちらっと見上げたが、また夢中でえさ皿に顔を突っ込んだ。
水は少し残っていたが、固形えさの皿は空っぽだった。やはり相当お腹を空かせていたのだ。
「一人暮らしで残業多い会社勤めで、どうして猫なんか飼うかな……」
食べ終わって満足そうに毛繕いを始めたちびを、修平は優しく撫で続けている。その眼差しが、びっくりするほど優しい。
……修平って……猫、好きだったんだ……
付き合っている時に、そういう話題は一度も出なかったから、ちょっと意外な気がした。
「俺も、飼うつもりなかったんだけど……こいつがアパートの前にいた時、すごい土砂降りで。その後3日ぐらいずっと雨だったから……」
何となく言い訳しながら、拓斗は別のことを考えていた。
修平と別れ話をした夜、泣きながら帰ってきたら、部屋の前にいたのだ、ちびが。
ずぶ濡れで、寒そうに震えながら、悲しげにこちらを見上げて「なーん」と鳴いた。
自分みたいだと、あの時思ったのだ。
愛しい温もりと別れて、涙で顔も心もずぶ濡れになって。寒くて震えていた。自分もちびと同じように。
捨てたつもりの恋だったのに、自分が捨てられた気がした。
「このままこいつ、飼い続けるならね。えさのやり方、ちょっと工夫した方がいい。トラブルで残業なんかになったら、工場にそのまま泊まり込みも有りうるからね。うちの仕事、取引先によっては24時間体制だし」
それは、自分でも思っていた。
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