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それは違う36
会社から5分ほど離れたビルの影まで送ってくれると、修平はバイクを停めて
「先、行ってて。俺は駐輪場にこれ、停めてから行く」
拓斗はバイクから降りて、ヘルメットを修平に渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃ」
素っ気ないがメットの下で微かに笑って、修平はバイクで行ってしまった。その姿を見送ってから、拓斗は胸を押さえてため息をついた。
昨日からずっと、ふわふわと地に足が着いていない感じだ。
修平が何を考えて、別れた自分にいろいろ仕掛けてくるのか、不安だし怖い。
でも同時に、嬉しくて堪らない。
もう終わった恋だと思っていたのに。
……ダメだな……俺。割り切って、仕事だけに集中しようって決めたばかりなのに。
身体に残る気怠さが、昨夜の修平との濃厚な時間を忘れさせてくれない。思い出せば、下腹が疼く。
拓斗は自分の頬を両手でパシっと叩いた。
切り替えなければ。まずは、仕事だ。
拓斗は自分に言い聞かせ、会社に向かって歩き出した。
「え……?研修ですか。本社で?」
昼前に部長に呼ばれて席に行くと、佐々木が先に部長席の前に来ていた。
「そうだ。来週月曜日から5日間。東京の本社工場で営業昇格研修を受けてもらうよ」
「はい。わかりました」
「佐々木くん。深月くんが業務から抜けている間、君のサポートは同じ部の山田くんに兼任してもらう。大変だろうが、今週中に3人で上手く引き継ぎしておいてくれ」
「はい」
部長席から揃って自分のデスクに戻りながら、佐々木が肩を叩いてきた。
「やったな、深月。おまえ、営業昇格研修って、同期で1番乗りじゃじゃないか」
拓斗は呆然とした顔で佐々木を見つめた。
佐々木の言う通りだった。
うちの会社は営業職で入社すると、まずは営業をサポートする内勤の研修を受けて、2~3年はその業務に専念する。それがひと通りこなせるようになると、選考の上で営業昇格研修を受ける。中には、外勤には不向きと判断されて、ずっと内勤業務を続けている人もいるのだ。
入社して2年足らずでこの研修に推薦されるのは、社内でもごくわずかな人しかいない。
正直、何故自分が選ばれたのかと戸惑うほどの、破格な話だった。
「佐々木さん、俺、正直まだ自信ないです……。内勤でもっともっと勉強したいこと、あるし」
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