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それは違う37
「そんな情けない顔するなって。まあ、気持ちは分かるけどな」
ニヤリと笑う佐々木自身、おそらく社内では最も早い内勤1年目でこの研修を受けている。
「はっきり言って、右も左も分からない状態だったからな、俺の場合は」
佐々木は椅子に座って引き出しをゴソゴソ探ると、A4サイズの大学ノートを奥から引っ張り出して
「これ。俺が研修受けた時のノート。本社工場が既に巨大な迷路だから、迷子防止の見取り図と、研修受けてる最中のメモとかな。ごちゃごちゃ書いてあるから見にくいけど、渡しとく。参考にしてみて」
「え?いいんですか?ありがとうございます」
拓斗は差し出されたノートを受け取り、パラパラと捲ってみた。さすが几帳面な佐々木だ。図面やらちょっとしたアドバイスなどが、綺麗な字で細かく書き込まれている。
「そうだ。向こうに行ったらさ、包研の方に顔出してきてよ。宮近さんと細越さんに連絡しとくから」
「あ。こないだこっちに出張で来てらした…」
「そ。彼らとはうちの部の仕事上、これからも密接に関わりがあるからね。特にあの2人は研究データを取る部署の窓口的存在なんだ。いろいろ融通きかせてもらうことも多いから、仲良くしておいた方がいいよ」
拓斗は頷きながら自分の椅子に腰をおろした。
「あ。じゃあ……何かお土産持って行った方がいいですよね」
「うん。その辺は金曜日に課長の方から詳しく指示が貰えるはずだ。部の経費で落とせるからな」
佐々木は笑いながら片目を瞑った。
午前中から大きな内示をもらって緊張してしまったが、仕事自体はスムーズにこなせて、拓斗はほっと胸を撫で下ろした。オンオフの切り替えが、自分の今1番の課題なのだ。
パソコンに向かって得意先向けの資料作りをしている時、ちらっと隙間から隣の島の修平の姿が見えた。横を向いて担当営業と難しい顔をして話し込んでいる。
拓斗はそっと胸を押さえて、また業務に没頭した。
「深月くん。今日は昼飯どうする?」
営業の三浦が声をかけてくれて、もう昼休みなのだと気づいた。
拓斗は顔をあげて
「あ。俺も一緒に行きます」
「今日は裏の魚料理の店だ。山田くんがランチやってるか電話で聞いたらOKだったそうだよ」
「うわ。あそこの焼き魚定食。また食べられるんですね」
拓斗が思わずにっこり笑うと、三浦の横から山田が顔を出しにかーっと笑って
「こないだやってなくてガッカリだったでしょ。俺、もうあそこの粕漬け、食いたくて食いたくて」
山田はうちの部1番のムードメーカーだ。明るくてひょうきんで、美味いものに目がない食いしん坊なのだ。
拓斗はくすくす笑って
「ふふ。山田さんが連れてってくれたおかげで、俺もあの店の大ファンですよ。海鮮丼と焼き魚、どっちにしようかな」
「よーし。じゃ、行くぞ」
三浦の言葉に、皆一斉に立ち上がった。
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