62 / 164

それは違う37

「そんな情けない顔するなって。まあ、気持ちは分かるけどな」 ニヤリと笑う佐々木自身、おそらく社内では最も早い内勤1年目でこの研修を受けている。 「はっきり言って、右も左も分からない状態だったからな、俺の場合は」 佐々木は椅子に座って引き出しをゴソゴソ探ると、A4サイズの大学ノートを奥から引っ張り出して 「これ。俺が研修受けた時のノート。本社工場が既に巨大な迷路だから、迷子防止の見取り図と、研修受けてる最中のメモとかな。ごちゃごちゃ書いてあるから見にくいけど、渡しとく。参考にしてみて」 「え?いいんですか?ありがとうございます」 拓斗は差し出されたノートを受け取り、パラパラと捲ってみた。さすが几帳面な佐々木だ。図面やらちょっとしたアドバイスなどが、綺麗な字で細かく書き込まれている。 「そうだ。向こうに行ったらさ、包研の方に顔出してきてよ。宮近さんと細越さんに連絡しとくから」 「あ。こないだこっちに出張で来てらした…」 「そ。彼らとはうちの部の仕事上、これからも密接に関わりがあるからね。特にあの2人は研究データを取る部署の窓口的存在なんだ。いろいろ融通きかせてもらうことも多いから、仲良くしておいた方がいいよ」 拓斗は頷きながら自分の椅子に腰をおろした。 「あ。じゃあ……何かお土産持って行った方がいいですよね」 「うん。その辺は金曜日に課長の方から詳しく指示が貰えるはずだ。部の経費で落とせるからな」 佐々木は笑いながら片目を瞑った。 午前中から大きな内示をもらって緊張してしまったが、仕事自体はスムーズにこなせて、拓斗はほっと胸を撫で下ろした。オンオフの切り替えが、自分の今1番の課題なのだ。 パソコンに向かって得意先向けの資料作りをしている時、ちらっと隙間から隣の島の修平の姿が見えた。横を向いて担当営業と難しい顔をして話し込んでいる。 拓斗はそっと胸を押さえて、また業務に没頭した。 「深月くん。今日は昼飯どうする?」 営業の三浦が声をかけてくれて、もう昼休みなのだと気づいた。 拓斗は顔をあげて 「あ。俺も一緒に行きます」 「今日は裏の魚料理の店だ。山田くんがランチやってるか電話で聞いたらOKだったそうだよ」 「うわ。あそこの焼き魚定食。また食べられるんですね」 拓斗が思わずにっこり笑うと、三浦の横から山田が顔を出しにかーっと笑って 「こないだやってなくてガッカリだったでしょ。俺、もうあそこの粕漬け、食いたくて食いたくて」 山田はうちの部1番のムードメーカーだ。明るくてひょうきんで、美味いものに目がない食いしん坊なのだ。 拓斗はくすくす笑って 「ふふ。山田さんが連れてってくれたおかげで、俺もあの店の大ファンですよ。海鮮丼と焼き魚、どっちにしようかな」 「よーし。じゃ、行くぞ」 三浦の言葉に、皆一斉に立ち上がった。

ともだちにシェアしよう!