64 / 164

それは違う39

昼の休憩時間が終わってデスクに戻ってくると、拓斗はコーヒーをいれに給湯室に向かった。 さっき三浦たちから聞いた本社研修のことが、ずっと頭から離れない。 そして、もうひとつ、気掛かりなことがあった。東京に行っている間の、ちびの世話をどうするか、だ。 ……やっぱり……一人暮らしで猫を飼うなんて、無謀だったのかな……。 佐々木にも修平にも指摘された。 自分はちょっと考えなしだったのだろうか。 ……修平が言ってた自動のエサやり器。流石に5日間じゃ、無理だよな……。どこかに預ける?でもどこに?実家に連れてくっていっても、もう行ってる暇ないし……。 つらつらと考え事をしながら給湯室に入ろうとして、拓斗はハッと足を止めた。 「しっかしさ、なんで5部の深月だよ。今回のはほんと、腑に落ちないね」 「だから~言ってるだろ。あいつ、市原課長のお気に入りだぜ?つまりは、そういうことだよ」 「うわ。信じられないですよ、それって。じゃあ実力じゃなくてそっちでってことですか?」 「可愛い顔してるからな。他にもいろいろ裏でやってるんじゃないか?あいつ」 ひそひそと変な笑いを漏らしながら、噂話をしているのは、第1部の内勤3人だった。自分より先輩の社員2人と同期入社の須藤もいる。 突然、自分の名前が出てきて、拓斗は足を止め咄嗟に壁に身を潜めた。あまりいい内容じゃないことは、彼らの嘲るような嫌な口調ですぐに分かった。 心臓がドキドキする。 第1部の内勤とはフロアでも端と端で離れているし、仕事内容でもあまり接点はない。ただ、3人ともすれ違えばにこやかに挨拶を交わすし、今まで嫌な態度を取られたりしたことはなかった。 会話が途切れて、3人が給湯室から出てくる気配がする。顔を合わせるのは嫌だ。 でも、足が竦んで動けない。 不意に、腕を掴まれ引っ張られた。思わず声をあげそうになって口を掌で覆いながら振り向くと、岩館が口に人差し指をあてて、目で「来いよ」と合図していた。 岩館に手を引かれる感じで、よろけながら給湯室から離れる。 事務所のエリアから出て、ビルの共有スペースまで来ると、岩館は足を止めて振り返った。 「なんかいっつも変なとこに出くわすね、俺。給湯室は鬼門だな」 苦笑されて、拓斗は慌てて頭をさげた。 「す、すみません。ありがとうございます」 「気にしなくていいよ。って言っても気になるだろうけどね」 言いながら、壁に並んだ自動販売機に向かい、ポケットから小銭を出すと 「何飲む?コーヒーでいい?」 「あ。えっと、」

ともだちにシェアしよう!