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それは違う39
昼の休憩時間が終わってデスクに戻ってくると、拓斗はコーヒーをいれに給湯室に向かった。
さっき三浦たちから聞いた本社研修のことが、ずっと頭から離れない。
そして、もうひとつ、気掛かりなことがあった。東京に行っている間の、ちびの世話をどうするか、だ。
……やっぱり……一人暮らしで猫を飼うなんて、無謀だったのかな……。
佐々木にも修平にも指摘された。
自分はちょっと考えなしだったのだろうか。
……修平が言ってた自動のエサやり器。流石に5日間じゃ、無理だよな……。どこかに預ける?でもどこに?実家に連れてくっていっても、もう行ってる暇ないし……。
つらつらと考え事をしながら給湯室に入ろうとして、拓斗はハッと足を止めた。
「しっかしさ、なんで5部の深月だよ。今回のはほんと、腑に落ちないね」
「だから~言ってるだろ。あいつ、市原課長のお気に入りだぜ?つまりは、そういうことだよ」
「うわ。信じられないですよ、それって。じゃあ実力じゃなくてそっちでってことですか?」
「可愛い顔してるからな。他にもいろいろ裏でやってるんじゃないか?あいつ」
ひそひそと変な笑いを漏らしながら、噂話をしているのは、第1部の内勤3人だった。自分より先輩の社員2人と同期入社の須藤もいる。
突然、自分の名前が出てきて、拓斗は足を止め咄嗟に壁に身を潜めた。あまりいい内容じゃないことは、彼らの嘲るような嫌な口調ですぐに分かった。
心臓がドキドキする。
第1部の内勤とはフロアでも端と端で離れているし、仕事内容でもあまり接点はない。ただ、3人ともすれ違えばにこやかに挨拶を交わすし、今まで嫌な態度を取られたりしたことはなかった。
会話が途切れて、3人が給湯室から出てくる気配がする。顔を合わせるのは嫌だ。
でも、足が竦んで動けない。
不意に、腕を掴まれ引っ張られた。思わず声をあげそうになって口を掌で覆いながら振り向くと、岩館が口に人差し指をあてて、目で「来いよ」と合図していた。
岩館に手を引かれる感じで、よろけながら給湯室から離れる。
事務所のエリアから出て、ビルの共有スペースまで来ると、岩館は足を止めて振り返った。
「なんかいっつも変なとこに出くわすね、俺。給湯室は鬼門だな」
苦笑されて、拓斗は慌てて頭をさげた。
「す、すみません。ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。って言っても気になるだろうけどね」
言いながら、壁に並んだ自動販売機に向かい、ポケットから小銭を出すと
「何飲む?コーヒーでいい?」
「あ。えっと、」
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