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それは違う41
「正直ちょっと、ショックでした。あの人たち、俺は全然関わりないし」
「そうだね。あいつらも、今回の昇格研修の話がなければ、君のこと、あんな言い方はしなかったと思うよ」
拓斗は膝の上の空になったペットボトルに視線を落とし、ため息をついた。
「受けない方が、いいのかな。今回の話。俺、ちょっと自信ないし」
「陰口言われたから断るの?それはちょっと違うよね」
岩館の口調が少し厳しくなった。拓斗はハッとして顔をあげる。
「誰かが勝手な噂を流しても、それが事実じゃないなら堂々と胸を張っていればいい。それとも君は、市原課長に何か媚び売って推薦してもらったの?」
拓斗は大きく首を横に振る。そんなことはない。あんな話、全くのデタラメだ。自分は日々の業務を精一杯にこなしてきただけなのだ。
「あんなの、デタラメです」
拓斗がキッパリと言い切ると、岩館はまた優しい眼差しに戻って頷き
「だったら堂々としてなよ。断ったりしたら君の負け。だいたいね、あの手の噂は、君がたまたま餌食になっちゃっただけで、市原課長が悪いんだよ。これまでにいろいろと問題起こしてるからね、あの人」
「え?問題って」
岩館は目をじーっと見つめてきて、首を傾げうーん…と唸ると
「まあ、その辺の話は、また時間ある時にしてあげるよ。今度さ、飲みに行こう。本社研修終わったあとにでも。ね?」
岩館はそう言って立ち上がると、肩をぽんぽんっと叩いてきて
「じゃ、俺は工場に打ち合わせに行かなきゃだから、お先にね」
ふふっと笑ってドアを開けながら、後ろ向きのまま軽く手を挙げて去っていった。
ガラス越しに、その姿を見送ってから、拓斗はペットボトルを隅のゴミ箱に投げ入れ立ち上がる。
……カッコイイよな、岩館さんって。さりげなくて、優しくて。だからモテるんだろうな。
社会人になってから、ああいう悪意に晒されたことがない。だから免疫がついてなくて、ショックが大きかった。
でも考えてみれば、職場だって学校と同じようにいろいろな人間の集まりなのだ。
岩館の言う通り、妬みとか悪意なんて、人が集う場所にはつきもので、避けて通るのは難しい。
これまで平和に過ごせてきたのは、今の部の人間関係がすごく良くて恵まれていたのと、自分自身がそれほど目立つような実績や出世とは無縁だっただけのことだ。
……あーあ。大人げないよなぁ、陰口なんて。
拓斗はまたため息をつくと、事務所フロアに戻って行った。
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