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それは違う43

「今日は手こずっていた新規が、1件取れたよ」 佐々木は手についたシナモンシュガーを紙ナプキンで拭うと、バッグからファイルを取り出して差し出してくる。拓斗も手を拭ってからファイルを受け取って捲ってみた。 「流石。すごいですね、佐々木さん。ここって前にライバル社の方が有利だって言っていたうちの1社ですよね?」 佐々木はふぅ…っとため息をついて渋い顔をすると 「実際、手強かったな。部長に怒られるぎりぎりの条件提示して、ようやく向こうの担当からOKが出たんだ。しかもそれ、その次のページ見てくれよ。こっちの足元見てさ、まあ厳しい注文の多いこと多いこと」 「うわぁ…これ、かなり難しいデザインですよね……」 「それで納期が今月いっぱいだ。また工場長から嫌味言われちゃうよなぁ」 気弱なことを言っている割りには、佐々木の顔には勝算ありと書いてある。 「山田くん、来週は早速こき使うことになりそうだな」 「すみません。肝心な時に、俺、抜けちゃって」 「いいよ。それより深月。おまえが研修受けて合格したら……嬉しいけどちょっと寂しくなるな」 「え……?」 妙にしみじみとした佐々木の口調に、ファイルから顔をあげると、じっと見つめる優しい眼差しと目が合った。 「寂しく……って」 「だってもう、おまえは俺専属の内勤じゃなくなっちゃうだろ?まだどうなるか分からないけど、俺と三浦さんの担当の得意先、そろそろ飽和状態だからね。恐らく深月が新しい担当として引き継ぐことになるよ」 じっとこちらを見つめる佐々木の眼差しが、少し熱っぽい。何となく落ち着かなくて目を逸らそうとすると、佐々木の手が伸びてきて、こちらの指先に触れた。 「今月いっぱいだ。今までみたいに一緒に仕事が出来るのは。深月はさ、寂しいとか、思わないか?」 佐々木の指が、ファイルを持つこちらの指先をそっとなぞる。拓斗は何と返していいか分からず、でも目も逸らせなくなって、内心戸惑っていた。 ……や。それって……どういう……? 岩館が前に言っていたように、佐々木は、自分を口説こうとしているのだろうか。 でも、どうして自分に?佐々木は男しか好きにならない自分とは違って……。 「あの……佐々木さん、俺、」 「今度の土曜か日曜、予定空いてる?深月とさ、一緒に行ってみたい所があるんだ」 土曜日か日曜日。 拓斗はぱちぱちと瞬きをした。 今週末は先約がある。 修平だ。修平とホームセンターに行く予定なのだ。たぶん、土曜日に会って、そのままどちらかのアパートでひと晩を過ごす。だから日曜日も無理だ。 拓斗はファイルをぎゅっと握って、佐々木の指先をそっと外させ 「あの、すみません。土日は、俺ちょっと予定があって」

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