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それは違う44
「予定?……そうか、残念だな。じゃあ、次の週の土日、空けといてくれないか?」
佐々木は懲りもせず指を伸ばしてきて、ファイルを持つこちらの指を掴んだ。
「っ」
拓斗は恐る恐る、佐々木の目を見る。佐々木は思いがけないほど真剣な眼差しで見つめ返してきた。
「あの、佐々木さん、俺、」
「この機会にな、会社の同僚って枠から少し出てみないか?拓斗。おまえがそういう気ないって言うなら……まずは休日を一緒に過ごす友だちとしてでもいい」
拓斗は目を泳がせた。
「佐々木さん、ここ、会社だから、」
佐々木はちょっと目を見張って
「そうか。そうだよな。ごめん、困らせて」
佐々木は苦笑しながら手を引っ込めると
「でも、考えておいてくれ」
「佐々木さん、俺は、」
「すみませんっ、お待たせしました!」
不意にブースの入り口から元気な声が聞こえて、山田が姿を現した。拓斗はファイルを自分の方に引き寄せ、中身を見ているフリをする。
「ああ、山田くん、悪いね。忙しいところ時間作ってもらっちゃって」
「いえいえ。こちらこそすみません。なかなか抜けられなくて」
佐々木は山田を手招きすると
「じゃあ、座って。早速、引き継ぎの話をしよう。拓斗、来週の動き、おおまかに説明してくれるか?」
「あ、はい」
拓斗は持ってきたファイルとノートを取り出して、テーブルの上に広げた。
休憩ルームから場所を会議室に移し、山田と具体的な引き継ぎの打ち合わせをする。
佐々木は途中で帰って行った。パソコンで納期の管理表の見方と工場への指示書の書き方の説明を終えると、山田ははぁ……っと大きくため息をついて、椅子に座り直した。
「どうですか?ここまでで、何か質問あります?」
「いや。すごいきちんとしてあるから、このノート見ながらだったら何とかいけるかも。流石だなぁ。佐々木さんも深月くんも。俺、自分の今の仕事、急に引き継ぎしろって言われても自信ないよ」
感心している山田に拓斗は苦笑して
「急な移動とかあるから、常に誰かに引き継ぐことを考えながら仕事しろって、佐々木さんの担当になった時に言われてたんです」
「へえ。やっぱ佐々木さんって、すごいっすよ。流石うちの会社の出世頭だ」
「うん。佐々木さんは憧れですよ、俺も」
そう。佐々木は自分にとって憧れの人だ。
仕事の仕方も、敵を作らない人当たりの良さも、後輩に対する面倒見の良さも。
入社してすぐ担当内勤になり、彼には本当にいろいろなことを学ばせてもらっている。佐々木の担当になれて、自分は幸せだとつくづく思う。
ただ……恋愛の対象として考えると、違うのだ。
佐々木がさっき自分に向けてくれた気持ちが、もしそういう類のものならば、自分は恐らく応えることは出来ない。
……だって、俺が好きなのは、修平だから。
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