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それは違う58

「前に行ったでしょ?山形の板そばの店。今度また一緒に行ってみる?」 肝心な話は中断したまま、修平がまた先の予定を提案してくれる。 さっきの話を蒸し返したら、もう2度と修平と何処かに出掛けることもなくなるかもしれない。だとしたら、曖昧なままでいい。 こういう自分はズルいのかもしれない。でも、修平との関係を終わらせたくない。 拓斗は修平の食べかけの蕎麦をもそもそと啜りながら 「うん。行きたい。あの噛みごたえのある蕎麦、久しぶりに食べてみたい」 「じゃあ、研修が終わって帰ってきたら、バイクで行ってみるか」 研修という言葉で思い出した。 「そうだ。修平も昇格研修なんだよね。前は断ったって言ってたけど、今回は受けたんだ」 「まあね。そろそろ、外出てみてもいいかと思った。あなたは……ちょっと早いな」 「うん。早すぎるから正直戸惑ってる。あとせめて1年は内勤、やりたかったな」 「営業5部はエリート集団だからね。あなたのとこの部長は、せっかちだ。すぐに外に出させたがる」 「でも俺、修平みたいに断る勇気ない」 「断る必要、ないよ。あなたなら大丈夫だ」 拓斗は食べ終わった包みをコンビニの袋に丸めて入れながら、ため息をついた。 「でもやっぱりちょっと自信ないよ。まだ覚えること、いっぱいあるし。うちの部は特殊な商材が多いから、俺、オフセットとかほとんどやったことないし」 「基本は同じだ。それよりあなた、翡翠はどうするの?」 修平の言葉に、拓斗はハッとした。 そうだ。そのことも考えなければと思っていたのだ。 「うーん。修平が言ってた自動餌やり器じゃ、5日間なんて無理だよね」 「出来なくはないけど、やめた方がいいかな。5日もここに、翡翠ひとりで置いておくのは可哀想だ」 拓斗はため息をついて 「猫用のホテルとか、仕事の合間に検索してみたんだ。でも口コミとか見てるとちょっと不安で。やっぱり実家に連れてって預けるのが一番かなぁ……」 「ご実家は、大丈夫なのか?猫連れてっても」 拓斗はうーん…っと首を傾げた。 「実家でも猫や犬、飼ってるから。でも多分、怒られる。自分で世話できないなら飼うなって」 「俺もそう思うよ。俺の弟に聞いてあげようか?山形の。一軒家だしあいつ動物が好きだから、もしかしたら預かってくれるかもしれない」 拓斗は目を丸くして、修平の顔を見つめた。 「弟さん……東京じゃなくて山形にいるの?」 「うん。向こうの仕事、ストレスで身体壊して辞めたんだ。離婚して、今は山形で小さな店をやってる」 「……知らなかった……。そうだったんだ」

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