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トライアングル13

翡翠をキャリーケースに入れて、修平の車に乗り込む。ケースの窓から覗き込むと、不安そうな翡翠と目が合った。 「なーん……」 か細い声で翡翠は鳴いて「どこ行くんですか?」と言いたげだ。 「ごめんな、翡翠。狭いけどちょっとだけ我慢してね」 窓越しに指先であやすと、翡翠は手でそれを追いかけている。指を出したり引っ込めたりする度に、翡翠は小さな手でそれを捕まえようとムキになってくる。 「ふふ……」 拓斗は思わず頬をゆるめた。 猫のこういう仕草は本当に癒しだ。可愛くて愛しくて、自然と笑顔になってしまう。 「翡翠、大丈夫そうか?」 修平が運転しながらちらっとこっちを見る。 「あ、うん。ちょっと不安そうだけど……」 「猫によってはキャリーケースも車も苦手で、パニックになるヤツもいるからね。あまりストレス溜めないといいけどな」 「うん」 信号が赤になり車を停めると、修平がちょっと身を乗り出してきて、キャリーケースの窓を覗き込む。 「にゃーーん……」 「もう少し我慢してろよ。なるべく早く連れて行くからな」 拓斗はそ…っと修平の顔を見ていた。翡翠の相手をする時の修平の眼差しは、やっぱりものすごく優しい。 「子どもの頃、飼ってた猫ってメス?」 修平がこちらを見る。 「ああ。2匹ともな。母猫はアメショっぽい雑種だった。琥珀は毛が茶トラで翡翠は白。もうひとりグレーの子がいたけど仔猫の時に死んだ」 「そう……」 「翡翠。他人に預けるのは不安?」 「うーん。不安ってわけじゃないけど……」 「紘海(こうき)。前に会わせただろ?俺の弟」 「うん」 「一応、動物看護師の民間資格持ちだ」 「え?」 拓斗は驚いてケースから顔をあげ、修平の横顔を見つめた。修平は前を見たままで 「本当は獣医になりたかったらしい。ちょっと変わってるんだ、あいつは。前に会わせた時はちらっとしか話してないでしょ?あなた」 「うん」 あの時は、修平と映画を観に行った帰りで、偶然、駅前のカフェで鉢合わせしたのだ。彼は綺麗な女性を連れていた。相席になって少しだけ話をしたが、自分と向こうの彼女は黙って修平と弟の会話を聞いているだけだった。 「動物を扱うのは慣れているよ。向こうでも動物病院に勤めていたからね。ただ、あいつに会ったら、ちょっと面食らうかな、あなた」 修平は説明しながら、ひとり楽しげに頬をゆるめている。 拓斗はだんだん不安になってきた。

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