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戸惑い揺れる揺らされている2
『俺のいい人です』
『より戻したんで』
修平の予想外の言葉が頭の中でリフレインしている。
拓斗は肩に腕を回され抱き寄せられて、どんな顔をしていいのか分からず、ドギマギしながら目を伏せていた。
「拓斗くん、か。よろしくね。修平、何を飲む?」
「あ、俺はいつものオリジナルブレンドで。あなたは何にする?」
問いかけられて、拓斗は視線を泳がせ
「あ~……えっと、」
コーヒーは嫌いじゃないが、珈琲専門店で飲むことなんかないから、どう頼んでいいのか分からない。
「牧さん。今日のオススメは?」
「うーん。何種類かいい豆が入ってるけどな。拓斗くん、味の好みはあるかい?酸味強め、苦味強め、浅煎り深煎り、どんなのがいい?」
拓斗はドキドキしながら首を傾げ
「や。俺、あんまり詳しくなくて」
「俺と同じオリジナルブレンドにしておくか?それともカフェラテとかの方がいい?」
修平の助け舟に拓斗は頷いて
「あ、うん。修平と同じので」
「了解だ。あ、好きな席に座ってくれ」
修平は肩を抱く腕で促すようにして、目の前のカウンター席に近づくと
「座って。牧さん。拓斗に特製のクラブサンド、作ってもらっていい?」
「おまえさんは食べないのか?」
「うん。俺は拓斗のをひと口貰うからいい」
牧は笑顔で頷くと、いったん奥の仕切りの向こうに姿を消した。
修平と並んでスツールに腰をおろす。拓斗はなんだか落ち着かなくて、尻をもぞもぞさせた。
……修平……。より戻したって…言ったよな。ハッキリと。じゃあやっぱり、そういうことで、いいんだよな。
牧さんと修平との関係性は、単なる店のオーナーとその客以上のものがある気がする。そうでなければ、わざわざ連れて行きたい場所がある、なんて言わなかったはずだ。修平が牧さんと話す時の口調や声音にも、今まで聞いたことがない響きがあった。
誰にでも気を許すタイプじゃないのだ、修平は。でも牧さんには、かなり砕けて少し甘えているような感じがする。
付き合っていた頃、ここに連れてきてもらったことはない。でも修平は、1人でここに来ていたらしい。
拓斗は、傍らの修平の横顔をそっと盗み見た。修平はリラックスした表情で、カウンターに置いてある珈琲豆のメニューを手に取り眺めている。
……どんな関係なんだろう……。牧さんと。もしかして……親戚……とか?
ここ数日の間に、付き合っていた頃には知らなかった修平の意外な素顔を、次々に見せられている気がする。
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