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戸惑い揺れる揺らされている3
「で、どうだ?仕事の方は。そろそろ外出る頃じゃねえのか?」
「いや……まだ。相変わらずデスクワークで営業にこき使われてますよ。残業で夜中に帰るのなんか当たり前」
カウンター越しに話しかけてくる牧に、修平は苦笑いして首を竦める。
「まあ、ここらじゃ一番デカい企業だからな、あそこは。いいとこ入れたんだ。多少のことは我慢しねえとな」
「まあね」
拓斗はさり気なく店の中を見回していた。
山男のような風貌の店主の雰囲気にピッタリな、ワイルドな内装だった。
珈琲豆の木樽が店のあちこちに無造作に置かれ、まるでオブジェみたいになっている。ごつい木枠の窓。切り出したままのような、自由奔放な形の一枚板のテーブル。同じく無垢材の椅子は大きさも形も不揃いだ。店内には珈琲の香りが漂い、店の奥の壁一面の棚には、大小さまざまな器やコーヒーカップが並んでいる。
「拓斗くん。好きなカップを選んでおいで」
棚に見とれていると、牧に声をかけられた。
「え……?」
「あれは全部、牧さんの作品なんだ。好きなカップを選ぶと、それで珈琲をいれてくれる」
拓斗は牧と修平の顔を見比べてから、頷いてスツールを降り、テーブルを避けながら奥の棚に近づいた。
……すごい……。これ、全部、あの人が。
どれも味のある独特のフォルムだった。思わず手に取ってみたくなる。
拓斗が恐る恐るカップを手に取りしげしげと眺めていると、玄関のベルがカランコロンと音をたててドアが開いた。
「こんにちは」
「おお、来たな」
朗らかな牧の声に迎えられて、店に入って来たのは、ほっそりとした身体を白いコートに包んだ男性客だった。
……男……だよな。
穏やかな微笑みを浮かべているその客の顔を、拓斗はそっと見つめた。細身で髪の毛も少し長めだが、多分男性だろう。すごく雰囲気のある綺麗な人だった。
「新幹線で来たのかい?連絡くれりゃ、駅まで迎えに行ったのに」
「ありがとうございます。こっちは久しぶりなので、駅からゆっくり歩いて来ました」
はにかむと更に優しげな雰囲気が増す。
拓斗はカップを選ぶのも忘れて、その綺麗な客に見とれていた。
「まあ、座んな。珈琲、飲んでくだろ?」
「あ、はい」
男はゆっくりとカウンターに歩み寄ると、修平に軽く頭をさげてから、少し離れたスツールに腰をおろした。
「樹くん。薫のやつは、後から来るのか?」
「いえ。今回は彼、仕事がたてこんでて。少し遅れるから、夜に現地で合流です」
樹と呼ばれたその男は、微笑んで首を横に振った。
「そっか。おまえらもなんだかんだ忙しいよなぁ。薫に言っとけ。たまには飲みに付き合えって」
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