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戸惑い揺れる揺らされている4
牧の言葉に樹はメニューを手にくすっと笑って
「兄さんから伝言です。帰りにこちらに寄っていくので、久しぶりに飲みましょうって」
「おぉ~そうか。じゃ、今回はとんぼ返りじゃねえんだな」
「はい」
「そりゃ、楽しみだな」
樹はメニューをパタンと閉じると
「マンデリンをください」
「了解だ」
樹がくるっとこちらを振り返る。うっかりと見とれていた拓斗は、目が合ってドギマギして、慌てて棚のカップを見つめた。
「君はたしか、修平くん…?」
「覚えていてくださったんですね」
樹に話しかけられた修平が答える。
拓斗はちょっと驚いて、今度は修平に目を向けた。
……知り合い……だったんだ……。
「もちろん。工房で何度か会ってるよね」
「ええ。こちらへはお仕事で?」
樹は出された水をひと口飲んで、ふう…と吐息を漏らすと
「うん。一応、仕事絡み。でも今回はプライベートと半々かな」
「薫さん…お兄さんでしたよね。彼と?」
「うん、そう。ちょっと山形から秋田の方を回ってこようと思って」
「ああ。いいですね。今の時期なら新緑が綺麗だ」
拓斗は気になるカップ2つを眉を顰めて見比べ、ようやく片方を選ぶと、修平の隣に戻った。
「お、選んだかい」
「はい。これでお願いします」
牧は手を伸ばしてカップを受け取ると
「修平はどうする」
「俺はいつもので」
拓斗は修平の隣のスツールに腰をおろすと、じっと横顔を見つめた。視線に気づいた修平がこちらを見る。
「……なに?どうした」
「…ううん。何でもない」
修平が顔が広いのが意外だった。
よく考えれば自分は、会社や2人きりで会う以外の修平のことを、あまりよく知らないのだ。
牧がカウンター越しに珈琲を出してくれた。少し遅れて特製クラブサンドの皿も目の前に置かれる。思ったよりもボリュームがあって、すごく美味しそうだ。
「食えよ。それ、すごい美味いから」
「うん」
拓斗が皿に手を出そうとすると、修平は樹と話し始めた牧の方を見て
「あ、ちょっと待って。牧さん、俺ら、テラス席の方に行ってもいいですか?」
「おお。いいぜ。今日は天気もいいしな」
慌てて手を引っ込めた拓斗に、修平はにこっと笑うと
「外、出るよ。珈琲、自分のだけ持って」
「あ……うん」
修平は立ち上がると、カウンターの上からトレーを取って自分の珈琲とクラブサンドの皿を乗せて
「俺ら、勝手にやるんで。ゆっくり話しててください」
「お、悪いな」
こちらに来ようとした牧を制して、拓斗に目配せしてくる。
拓斗は自分のカップをソーサーごと慎重に持つと、先に奥へ向かった修平の後に続いた。
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