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戸惑い揺れる揺らされている8

「ば、ばかっ、何やって」 口の端を舐められたのだ。修平に。 拓斗は慌てて手で押さえ、ガラスの向こうの店内に目をやった。 牧はカウンターの中にいるらしく、姿は見えない。でも樹は、スマホを耳にあて電話しながらちょうどこちらを見ていた。 目が合った彼が、ちょっと驚いたように目を見張り、にこっと頬をゆるめる。 ……見られた!今の…… 拓斗は焦りながら目を逸らし、隣の修平を睨みつけた。 「ちょ、何やってんの?修平。樹さんが」 「見てた?いいでしょ。別に気にしないよ。あなた、口の端にソースべっとり。子どもみたいだな」 修平は全く動じる様子もなく、くすくす笑いながら囁く。 拓斗は口を半分開けたまま、相変わらず機嫌が良さそうな修平をぼーっと見つめてしまった。 突然、何をするのだろう。いくらテラス席にいると言っても、ガラスの向こうには彼らがいるのに。 「なんで、舐めるの。指とか、ナプキンで、」 「あなた、顔が真っ赤。可愛いな」 拓斗の抗議を修平はあっさりと受け流し、満足そうな顔で微笑む。 拓斗は口を少し開けたまま、黙り込んだ。 ダメだ。修平は見られたのなんか全然気にしていない。 「もう……信じらんない」 拓斗はぷいっと目を逸らし、ブツブツ文句を言いながら、皿に戻したクラブサンドを再び両手で持ち上げた。 今度は慎重に端っこにはむっと齧りつく。 修平がもうひと切れを掴んで、楽しそうにこちらを見ながらかぶりついた。 「ボリュームもすごいけど、美味いでしょ」 拓斗はもぐもぐと口を動かしながら無言で頷いた。 さっきのを、樹が見てどう思っただろうと気になる。でもそれ以上に、ご機嫌な修平の柔らかい雰囲気が嬉しい。 以前ならば、付き合っていることを周りに知られぬようにと、過剰なくらい人前では距離を取られた。こんな風に膝が擦れるほどすぐ横に、並んで座ってくれるなんて、ありえなかったのだ。 修平の中で、どんな心境の変化が起きているのだろうか。 弟に合わせたり、知人の前であからさまに2人の関係をアピールするようなことをしたり。 ……これって…俺のこと……恋人ってちゃんと認めてくれてるってこと…なのかな。 1度喧嘩別れしたことで、自分も苦しくて哀しくて落ち込んでいたが、ひょっとすると修平も、すごく後悔してくれたのかもしれない。自分の存在を、別れるには惜しいと、寄りを戻してもっと大切にしたいと、そう、思ってくれているんだろうか。 だから自分の親しい人に、紹介してくれているのだろうか。 ……都合のいい解釈、すぎるかなぁ…。 でももしそうならば、嬉しい。

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