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戸惑い揺れる揺らされている11
修平がテラスから店内へのドアを開けたのと同じタイミングで、店の表のドアがカランコロンと音をたてながら開いた。
「お。お早い到着だな」
カウンターの中から、ちょっと面白がっているような牧の声が響く。
ドアを開けて姿を現したのは、スーツを着た落ち着いた雰囲気の紳士だった。
「結局、来ちゃいましたよ」
「樹追っかけて来たんだろ、おまえ。仕事の方は大丈夫なのか?」
揶揄うような牧の言葉に、その男は重たそうなビジネスバッグをテーブル席に置いて
「もちろん。途中で放り出したりしませんから。それより、お久しぶりです。ご無沙汰してました、先輩」
苦笑しながら答える男に、樹はしなやかな動きでスツールから降りて静かに歩み寄る。
「ほんと、早かったね、にいさん。駅で待ってればよかった」
「まあいいさ。アポの相手が来るかどうか微妙な所だったからな」
男の手が伸びて、さりげなく樹の肩に触れる。
テラスと店の間で立ち止まったまま、店の中のやり取りに見とれていた拓斗に、修平が振り返ってそっと囁いた。
「あれが、樹さんのお兄さんの藤堂薫さんだ」
拓斗は無言で頷いた。
遅れて他で合流すると言っていたが、さっき樹が電話で話していた相手は、このお兄さんだったのだろう。
「……なんか……お似合い。すごく、いい雰囲気」
そっと修平に囁くと、笑いながら頷いて
「うん。俺の理想。樹さんの表情、全然違うだろ?」
……理想……?
修平の意外なひと言に、拓斗はちょっと目を見張り、薫と樹の方に視線を戻した。
そっと寄り添うように薫の横に立った樹の動きは、すごく自然だった。その細い肩に手を置いて話し掛けている薫も、すごくナチュラルで絵になる。そして2人の表情。
修平の言うように、樹の纏う雰囲気や浮かべる表情が、さっきより柔らかくなっている。
「うん。なんか……いい感じ」
「長年連れ添った感が出ててな」
修平はニヤッと笑うと、2人の方に歩き出した。
「牧さん。俺ら、そろそろ帰るんで」
「おお。トレーはそこに置いといてくれ。構わなくて悪いな」
「いえ、全然。また来ます。こいつ、連れて」
親指でこいつと指し示されて、拓斗は慌てて牧にペコッと頭を下げた。
「いつでも来てくれ。拓斗くん、君、1人で来てくれても大歓迎だよ」
「あ……ありがとうございます」
「工房の方にもお邪魔しますよ」
修平は言いながら今度は薫と樹の側に歩み寄り
「藤堂さん。お久しぶりです」
「ああ……修平くんか。こんにちは」
「にいさん、あの子は修平くんのカレシ。拓斗くん」
にこにこ笑う樹にズバリと言われてしまって、拓斗は目を見開いた。
「あ。や、あの、俺」
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