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戸惑い揺れる揺らされている12

樹の口から「カレシ」だなんて言われてしまったら、どんな顔をしていいのか困る。頬が一気に火照ってきて、拓斗はアワアワしながら目を泳がせた。 「そうか。前に話してくれた子かな?」 「あ~。そうか。前に話したこと、ありましたね」 修平が答えると、薫は穏やかに微笑んで頷いた。 「はじめまして。私は藤堂薫という者です」 柔らかいがよく通る声でそう言いながら、ポケットから名刺入れを取り出すと、薫は慣れた手つきで1枚差し出してくる。 ……あ、しまった。名刺。 拓斗は両手で名刺を受け取りながら、慌てて記憶を探った。名刺入れは…ビジネスバッグの内ポケットの中だ。まだ外回りの営業じゃないから、休みの日は持ち歩く癖がついていないのだ。もちろん今日も持ってきていない。 「ありがとうございます。あの、すみません俺……じゃなくて私、今日は名刺を持ってなくて」 「ああ、いやいや、気にしなくていいよ。今日はオフなんだろう?」 「あ、はい。あの、休みの日は、持ち歩いてなくて…」 初っ端から、社会人としてダメダメな所を見せてしまった。 ……恥ずかしい。 拓斗が俯いていると、修平に肩を抱かれて引き寄せられた。 「前に、お話したとおりでしょ?見た目だけでなく中身も可愛い奴なんです。素直で」 「……っ」 拓斗は修平の言動にびっくりして、弾かれたように顔をあげた。 「ちょ、っと、修平、なに、」 修平の臆面もない惚気に、薫と樹は顔を合わせて声をあげて笑うと 「参ったな。ご馳走さま」 「シレッと惚気られたね」 頬どころか耳までカーッと熱くなって、拓斗は焦って修平の脇を小突いた。 「何言ってるんだよ、ばか、」 「いいんだ。お2人には前に悩み事の相談に乗ってもらって、その時もあなたのこと話してる」 ……嘘だろ。いいんだ、じゃないじゃん。そんなの俺、聞いてないし! 「拓斗くん、顔、真っ赤」 樹がくすくす笑いながら囁く。拓斗は両手で頬を覆った。 「いいなぁ、若いってのは。樹、俺たちもこれぐらいラブラブしてみるか」 薫が楽しげに目配せすると、樹は笑いを堪えながら首を竦めて 「ラブラブって。にいさん、言い方が変」 修平の予想外な言動で、一気にその場の空気が和んだが、拓斗は内心複雑だった。 ……前に……って、いつ頃……?どんな話、したんだろ、修平。……っていうか、悩み事相談って……。 久しぶりにこちらに来たと、樹は言ってたはずだ。だとしたら、修平が2人に会ったのは、きっと自分たちが別れる前だろう。

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