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戸惑い揺れる揺らされている17

なるべく俯いて、誰とも目が合わないようにと祈りながら、アパートまで戻る。 視界に入る限りでは、道では誰ともすれ違わなかった。 この辺りは、平日ならば今ぐらいの時間に近所の学生たちが結構歩いているのだが、今日は日曜日だ。 錆びついて開いたままになっている門を通り過ぎて、アパートの敷地に入ると、少しホッとした。外階段をあがって、部屋のある2階に向かう。 踊り場に出た瞬間、並んだ部屋の前の通路に人影があるのに気づいた。 隣の部屋の大学生だろうか。 拓斗はすかさず俯いて、足早に自分の部屋へと向かいながら、鞄の脇ポケットに入れてある部屋の鍵を手でゴソゴソと探った。 自分の部屋の手前で佇む人影に、無言で会釈して通り過ぎようとした時、 「拓斗」 名前を呼ばれた。 ドキッとして顔をあげ、そちらに視線を向ける。立っていたのは隣の住人ではなかった。 佐々木だ。 「え……佐々木……さん?」 驚いて目を見張ると、佐々木はちょっとバツ悪げに苦笑して 「資料、持ってきたんだ。研修の。俺が前に受けた時の、な」 拓斗は何と答えていいのか戸惑い、佐々木の顔を無言で見つめてしまった。 いつからここに居たのだろう。 いや、どうしてここに来たのだろう。 用事があるのなら、佐々木は自分の電話番号もメールもLINEも知っているのだ。先に連絡をくれればいいのに。 「あ……。や、なんで……ここに?」 「近くまで来る用事、あったからな。ついでに届けようかな…って」 答える佐々木の表情はますますバツが悪そうで、視線も少し泳いでいる。 この近くに用事があったなんて、きっと嘘だ。 「あ、電話……してくれたら、」 「そうだよな。ごめん。突然来たりして」 こちらの言葉に被せるようにして、慌てて答える。拓斗は口を噤み、佐々木が手に持っている会社の封筒をじっと見つめた。 金曜日の仕事中にも、佐々木は今回の研修用に…と、自分が本社研修を受けた時の資料を貸してくれたのだ。その上、業務の合間に時間を見つけては、資料の説明や研修内容を教えてくれた。 正直、至れり尽くせり過ぎて、時間を割いてもらうのが申し訳ないくらいだったのだ。 ……まだ、他にも……? こちらの視線に気づいたのか、佐々木は手に持った封筒をひょいっと持ち上げてヒラヒラと揺らし 「資料……っていうか、俺が研修の時にとったノート。家で探してみたらもう一冊出てきたから」 「あ……ありがとう…ございます」 拓斗はちょっと腑に落ちない気持ちで礼を言って手を差し出したが、佐々木は封筒を持った手を下ろしてしまった。 妙にぎこちない沈黙が流れる。 「あの……?」 「少し、時間あるか?拓斗」

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