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第6話 グレンのプレゼント
「最近描いたのはこれかな」
グレンが机の引き出しの奥を探る。「ほら」と一冊を渡されたので頁をめくる。花や動物、家族の絵。どれも写実的で、奥行きのあるものばかりでため息が出た。
「僕は山菜やキノコの種類をお父さんに教わったんだけど、分からないときは家にあった図鑑に頼ってたんだ。グレンの絵を見ていると、図鑑を思い出すよ。ものの特徴が分かりやすいし、正確だ」
「あまり褒められると困るな。……なにか描いてほしいものがあったら描くけど」
「え、描いてくれるの!?」
なににしよう、とシリルは考えた。夏にしか咲かない花でもいいし、精密な風景画でもいい。そのとき、シリルの脳裏をあるものが掠めた。
「……見たことのないものでも描ける? 例えば、似顔絵とか」
「似るかどうかは分からないぞ。やってみるけど」
「狼型の獣人。背が高くて大柄で、悪いことをしてきた怖い顔をしている」
「シリル、それは」
「僕のお父さんとお母さんを殺した奴だ。大きな足跡が残ってたから背が高いはずだ。人相は僕の想像。犯人の似顔絵を持っていたら、大人になっても憎い気持ちを忘れないと思うんだ」
母がむごたらしく傷付けられた姿を思い出す。オメガというだけで、どうして母は理不尽に暴力を受けなければいけなかったのだろう。
「僕は狼型の獣人だというアルファを許さない。でも、この家にいると皆優しくて、だれかを憎むことを忘れてしまいそうなんだ。僕はお母さんが殺された悔しさと、お父さんが返り討ちにあった悔しさを忘れてはいけない。忘れちゃ駄目なんだ……」
途中からは、自分に言い聞かせるように呟いた。殺された両親のことを、シリルだけは覚えておかなければ。犯人を捜し出し、報いを受けさせねば。そうでないと、ひどく傷付けられ殺された二人が浮かばれない。
「シリル。狼型のアルファの絵は描けない。想像の姿だとしても、形にすると頭に残り本物を見付ける妨げになってしまう。だが、お前の親の絵なら描ける。どんな姿だったのか、どんな風に笑うのか、お前をどれだけ大切にしてくれたのか、そんなことを教えてくれ」
「グレン……」
素晴らしい提案だった。何年、何十年か経つと、いずれシリルは、両親の姿をはっきりと思い出せなくなってしまうだろう。その時、絵があるとはっきりと頭に描くことが出来る。シリルから両親は奪われない。
昏い気持ちだったのに、どこからか光が差し込んだような気がする。グレンはシリルを明るい場所へ連れてきてくれた。
「ありがとう、お願いするよ。母さんの髪は茶色で肩より少し長めで、父さんは……」
グレンが鉛筆を走らせる。少し描いては「こうか?」と尋ねてくれるので、両親の姿はまるで生きていた頃と同じか、それ以上に幸せそうに紙に映された。
「あ……ありがとう、グレン! 大事にするよ」
両親の絵が描かれた紙の端を、皺がいかないようにそうっと持ってみる。絵の彼らは笑っている。実際に、共に過ごした日々はいつも楽しかった。この絵があれば、両親を忘れることはないだろう。絵を机の上に置くと、シリルはたまらなくなってグレンに抱きついた。獣毛が服に覆われているが、人よりもかなり高い体温が気持ちよい。
「シリル?」
「ありがとう、グレン。きみの絵は幸せを作りあげてくれた。この絵、大事にするよ」
「よかった。シリルが笑ってくれたほうが、俺も嬉しい。犯人の絵を描いてって言われたときは、怖い顔をしていた」
今度はグレンにぎゅっと背に手を回され、力を入れられる。獣人だけあって力が強く、もう少し力を入れられていたら悲鳴を上げたことだろう。しばらくそのままでいると、ゴロゴロ、とグレンが喉を鳴らす音が聞こえ始めた。機嫌のいいときや気持ちが良いとき、猫科の動物はこんな音を発するとシュレンジャーの父に教えてもらったばかりだ。
(僕も嬉しいけど、グレンも喜んでくれてるんだ)
ここには、シリルを心配してくれる友人がいる。間違った考えを諭し、日の当たる場所に導いてくれた。感謝してもしきれない。
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