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第9話 シリルの職場

 シリルがシュレンジャー家に来てから、七年が過ぎようとしていた。  現在、シリルとグレンは領主様の館で植物図鑑作るスタッフとして働いている。幼い頃、グレンが描いた森のキノコにシリルが名前と効能、毒がをあるなどと付け足して、ちょっとしたキノコ図鑑をこしらえたことがあった。それを見たシュレンジャーが、子供たちが描いたのだと自慢するために、職場――領主様の館――で披露した。とても子供が作ったとは思えない見事な出来映えは城内で評判を呼び、領主様の目に止まった。ちょうどその頃新種の植物が増えてきたことから、領内の植物図鑑を作ろうという計画が持ち上がったのだ。  シリルは植物研究室に配属になり、効能や成分をほかの研究員と共に調べる。地元に伝わる言い伝えや毒がある場合の見分け方、料理にするときの調理方法などを担当した。グレンは絵を描くチームに所属している。遅くなるときは研究室に泊まり込むこともある。今では領主様の館へグレンと二人、馬を並ばせて毎朝出勤するのが日課となっている。  シリルはいつものように城の三階にある更衣室で研究職の裾の長い服に着替え、研究室へと向かった。 「シリル君、いいところに来てくれた! 悪いけど、この鉢植えたちを第二研究室に運んでくれるかな? 午後の会議に使いたいんだ」 「セス先輩」  長い黒髪を七三に分けた眼鏡の男が、シリルを呼び止める。領内では珍しい人間で、シリルよりも十歳ほど年上だ。この館で働くうちに気付いたが、百人以上いる職員の一割程度は人間なのだ。  同じ人間だからか、それとも明るくサバサバとしたセスの性格のせいか、シリルは彼を先輩として好ましく思っている。研究室に通い始めた頃、デスクワークの多さで目を痛め、何度も立ちくらみを起こしたときに介抱してくれたのもセスだった。彼に半年ほど仕事を教えてもらった名残で、指導が終わった今でも、気付けば彼の言うことをなんでも聞いてしまって周りから失笑をっている。今も安請け合いをしてしまったあとで気が付いた。セスが示した鉢は少なくとも十個で、そのうちの半分は鉢部分が大人の腰ほどもあったのだ。シリルに任せたとばかりに、セスが遠ざかってゆく姿が廊下の向こうへと消えてゆく。 (はぁ。階段があるから台車を使っても大変そうだな。ひとつずつ抱えて行くしかないか)  二番目に大きな鉢を両手で抱えると、重みで指が痛くなる。顔が引き攣るのを堪えていると、グレンの声がした。 「どうしたんだシリル、鉢植えなんか抱えて。またセスさんに良い格好見せようとしたのか」  図星を指されて恥ずかしくなったが、幼い頃から一緒に過ごしたグレン相手なら、言いたいことが言える。 「まあ、そんなところ。午後の会議に使うんだって。グレンも出るんだろ、見てないで手伝ってよ」 「あー、しまった。話しかけなきゃよかった」  グレンが額に手をあてる。だが、そのあとすぐに一番重そうな鉢植えを片手で持ち上げた。 「ほかには?」と、髭も動かさずシリルに問う。 「え……っと」  シリルは喉をゴクリと鳴らした。獣人は、身体能力が人間よりも数倍も優れている。シリルより重い鉢を持っても、汗ひとつかかないのはそのためだろう。知ってはいたが、こうやって力の差を目の当たりにするとコンプレックスが刺激されてしまう。 「じゃ、じゃあ持てるだけお願いするよ。ありがとう、グレン」  グレンは後ろを振り向かず、「気にするな」と言って先を歩いて行った。一方シリルのほうは、グレンよりも軽い鉢植えを持っているのに足がぐらつき、あっという間に離されてしまった。 (同じ男なのに情けない。人間と獣人って、こんなに力の差があるのかな。……グレンは獣人の中でも一般的なベータなのに)  アルファは身体能力や頭脳も、ベータやオメガとは格段に上だと聞く。領主様のもとで働く職員の上層部はアルファで固められている。アルファはアルファ同士から生まれることが多いから、館のトップはエリート集団と言っても過言ではない。 (そういえば、セス先輩はアルファだったっけ。もしかして僕以上に力持ちだったりするのかな。……いや、もしそうでも、急ぎの用事があるから僕に頼んだんだ)

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