11 / 19

第11話 発情期

 グレンの母と選んだ首輪は、鍵がないと外れない仕組みになっていた。鍵はグレンの母が管理してくれると言って、家のどこか分かりにくい場所に隠してくれていると言った。もし、シリルがアルファなりベータなりに屈しても、グレンの母が砦となってくれると思うと心強い。彼女は成長したシリルよりも頭二つ分は大きく、時々怒鳴るときに見せる上下四本の牙は長く鋭く、長年一緒に暮らしていてもひやりとするほどなのだ。もちろん、首輪とグレンの母だけに頼るつもりはない。予定日以外に発情期が訪れた時のために、常に抑制剤を持ち歩くようにしているし、服に仕舞えるような小さな銃を身に付けている。致命傷を負わせることは不可能だが、一瞬隙を作ることくらいは出来るだろう。その合間に逃げ出せばいい。  職場に首輪をしてゆくと、一瞬沈黙が降りた。だが、皆思慮深く優しい人ばかりなので冷やかされることはなかった。狐型の獣人である研究室長は「発情期が来たらすぐに休暇を申請出来るようにしよう」と言ってくれたし、セス先輩はこんな提案もしてくれた。 「アルファやベータと一緒に仮眠させると心配だ。仮眠室に、シリル君やほかのオメガ専用の部屋を作ろう。頑丈な鍵を内側から掛けられるようにすれば、彼らも安心して眠れるだろうから」  上司や先輩が、足手まといの自分をこんなに温かく迎えてくれる。シリルは不覚にも涙ぐんでしまった。 「グレン、研究室の皆って優しいよね。僕、嬉し泣きしそうになっちゃった」  カミングアウトした日、グレンと馬を家へと向かって走らせ感激していると、グレンは低く唸った。 「それだけオメガが置かれている環境が危険だということだ。なるべく俺や大勢と一緒にいろ。発熱したと思ったらすぐに俺に知らせるか、家に帰れ。職場の奴らなんて、所詮他人だ。俺や父さん、母さん以外の言葉を鵜呑みにするな」 「……なんだよ、皆の好意を無にするようなこと言って。グレンのバカ!」  馬の胴を強めに蹴り、速度を上げる。自分たち家族以外信用するなというグレンは過保護すぎだし、他人を信用しなさすぎだ。それに、正確にはグレン達一家も血の繋がった家族ではない。彼らは獣人なのだ。人間の非力さ、牙や爪のないこころもとなさなど知る由もないのだ。    三か月に一度の発情期を迎えるたびに、シリルは抑制剤を飲むようになった。これでフェロモンが外に洩れるのは抑えられるが、熱やだるさなどは緩和されず、抑制剤とは別に痛み止めや熱冷ましなどを飲まねばない。特にひどい二日目までは、グレンに頼んで職場に連絡してもらい欠席にしてもらった。ほぼ同じ頃、グレンも食後に薬を服用しはじめた。黒豹の母に尋ねると「成長時によくある貧血で、血を増やすために増血剤を飲んでるのよ」と説明された。  そういえば、グレンはここ数か月でひときわ大きくなった気がする。背丈は母親の黒豹を抜いて、シリルより頭三つ分は大きいし、時々家の鴨居に頭をぶつけている。領主様の館でも、彼より大きく思えるのは領主側近のアルファ数人くらいだ。 「僕の背はもう伸びないのかなぁ」  グレンと並ぶと、まるで子供のような自分を鏡でひとしきり観察すると、寝台に転がりグレンに描いてもらった絵を眺める。父母が仲睦まじく笑っている、一番最初に描いてくれたものだ。 「僕はオメガだったよ、お母さん……」  母が生きていれば、黒豹の母と同じように励ましてくれただろうか。それとも嘆き悲しんだろうか。ため息をついたとき、シリルは体の異変に気が付いた。急に体が熱くなり、喉が渇き始めたのだ。――この症状には覚えがある。 (……発情期(ヒート)! どうして、先月来たばかりなのに)  体の奥が疼きだして、尻からなにかヌルリとしたものが溢れてくる。気が付いた時には下着が濡れていた。慌てて新しいものに替えるとき、自分の粘液から発する果実のような甘い匂いで咽せそうになった。 「ゲホッ……」  咳をしてやり過ごすうちに、頭がいやらしいことで一杯になってゆく。セックスの知識は本で読んだり、聞きかじったことしかないのに、今すぐにそれをしたいという欲求に支配されたのだ。 (おかしい、なにか変だ。まるで欲求不満みたいに尻が寂しい。ここに長いなにかを挿れてしまいたくなる。……どうしたんだ、僕!)

ともだちにシェアしよう!