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第12話 グレンとの秘密
「はっ……はぁっ」
たまらなくなってシャツの胸元を握り締める。オメガ性が出てくるまで、シリルには男性としての欲求しかなかった。だとすれば、これはオメガ特有の発情期によるものだろう。苦しい、汗が噴き出る、熱のせいで頭が朦朧とする。はぁはぁと口で呼吸をしながら、シリルはどうすればこの危機を乗り越えられるか考えた。
(そうだ、この部屋には僕しかいない。僕がなにをしても、皆に知られることはないんだ)
そう気付いたあとの行動は早かった。万が一扉を開けられた時の予防策として上掛けをかぶり、ズボンを下ろす。すでに勃ちあがった性器を擦り、同時にぬるぬるとした後孔に指を入れた。
「ん……っ」
指をやみくもに動かしていると、体がしなるほど気持のよい場所にあたった。そこを重点的に弄ると、性器もいっそう硬く大きくなる。だがしばらくして、尻の奥底がきゅうんと鳴くように締まった。これは切ないという疼きではないだろうか。こんな奥にシリルの指なんて届かない。もっと長い指でなければ。
(そうだ。グレンくらいの指なら……)
何度も指を行き来させ、口から唾液をこぼしてだれかに犯されることを想像する。きっと今、シリルは発情期でまともな思考が出来ていない。発情の波に飲まれてしまっている。その時。
「シリル、研究室長に頼まれてた絵を持って来たんだが……」
ノックもなしに、グレンが部屋に入って来た。スケッチブックを手に持っているところから見て、おそらく仕事絡みの雑用を頼みにきたのだろう。
「……っ、この匂い。お前、発情期か」
グレンが踵を返す。
「待って!」
スケッチブックを机に置き、すぐにでも立ち去ろうとする尻尾をぎゅっと掴む。
「尻尾はよせ」と睨まれたが、今は緊急事態だ。許してもらうしかない。
「ごめん。だって、こうでもしないとグレンが出て行っちゃうから。……僕がなにしてたか、分かるでしょう? グレンに手伝って欲しいんだ」
「手伝う? 自慰はひとりでするものだろう」
グレンが後退るが、シリルの体はベータの雄に反応したようで、またジュッと尻からなにかが流れ出る感触がした。
「……っ!」
気持ち悪い、またシーツを替えねばならない。ぎゅっと目を瞑ると、幼なじみが心配そうに額に手をあててくれる。
「大丈夫か? ……熱が出てるな。氷嚢を持ってこよう」
グレンは発情期を単なる風邪かなにかのように思っているのだ。そんな簡単なものではない、熱っぽくて息が苦しくて、何より色欲に溺れそうだ。
(……まただ。また、お尻の奥がきゅうって締まった)
切なくて苦しい。この濡れた隘路に、なにかを突き立てたい衝動に駆られる。
「グレン……、苦しい」
柔らかな獣毛に覆われた手を取り、自分の置かれた窮状を分かりやすく口に出す。きっと今、シリルの瞳は熱で潤んでいる。
「今日の発情が来てから、自分が自分じゃないみたいなんだ。まるで雌猫になったみたいな気がする。だれでもいいから、お尻になにかを入れてほしいんだ」
「シリル」
ぎょっとしたようなグレンの顔が見える。単なる幼なじみにこんなことを言われたら当然だろう。
グレンは「ウウ……ッ」と唸ると、荒い呼吸のあとに枕に噛みついた。中に入っていた藁がバサバサと舞う中呆然としていると、鼻に皺を寄せたグレンと目が合った。
「シリル、お前は発情期でおかしくなってるんだ。軽はずみに子供を作ると、きっと後悔する。オメガの男が尻になにかを入れるというのはそういうことだ」
「でも、このまま耐えろっていうの? 薬だけじゃ抑えられない。長ければなんでもいいんだ、棒でも、指でも」
心からの声だった。この際無機物でもいい。疼く体を今すぐ鎮めてもらえるなら。
「指でいいんだな?」
そう囁いたかと思うと上掛けを剥がされ、尻があらわになった。カッと頬が熱くなる。だが羞恥よりも、グレンの指が押し入ってくる圧迫感のよさのほうが勝った。散々自分で弄った入口付近を過ぎ、シリルの届かなかった奥へと獣毛を纏った指に侵入される。狭隘な内壁にぴったりと沿う肉球がたまらない。その長い指を、シリルでは届かなかった奥へと進めてほしい。
「もっと奥、奥がいい……」
目の前がぼんやりと揺らいでくる。もはやシリルは完全に発情に取り込まれてしまった。耳のどこかで「……くそっ!」というグレンの舌打ちが聞こえると同時に、意識を失った。
再び目を覚ましたときには、グレンはいなかった。いつもの抑制剤を飲むと、体の疼きは少しましになった。落ち着くと、なんてことを頼んだのだろう、と顔から血の気が引いて赤くなった。翌朝、グレンに会うと気まずそうに顔を逸らされ、なにも言うことが出来なかった。
「どうしたの? あなたたち」と黒豹の母に尋ねられたが、「なにもないです」と誤魔化すしかなかった。生まれて初めて、親に言えないことが出来てしまった。
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