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第13話 光るキノコ

 グレンに信じられない要求をした日以降、シリルはたびたび予期せぬ発情に悩まされるようになった。  自分にそんなつもりはないのに、体が熱くなり、尻から透明な粘液が漏れてしまう。知らないうちにオメガ特有のフェロモンを発して、周りのアルファやベータから「シュレンジャー君、今きみ、もしかして……?」と上気した瞳で見つめられることになるのだ。そんな時は、セスが用意してくれた仮眠室に慌てて入り、内側から鍵を掛けて、抑制剤を飲みこみ就業時間まで過ごすのが常になった。セスは安全だと言ってくれたが、部屋の前で唸り声を上げられたり、興奮したアルファに扉を何度も叩かれたりすると、自分はこのまま扉の前にいる男たちに犯されてしまうのではないかと怯えた。朝に発情期が訪れたときなど、夕方までがとても長く感じられ、鳥たちが巣に帰るのを見るころには魂が抜けたようになっていた。 「皆さん、失礼します。……シリル、やっと仕事が終わった。帰るぞ」 「グレン!」  ガチャガチャとノブを回すと、辺りを睨み付けた豹型の幼なじみが目に入る。グレンが手に抑制剤を持っていると気付き、これ以上フェロモンを出さないようにと急いで飲み込み、皆に一礼する。 「お騒がせしてすみませんでした。体調がよくなったらまた出勤します」  シン、と辺りが静まりかえった。数人はいるはずなのに、周りからはなんの反応も返ってこない。オメガ特有の周りを巻き込む体質のせいで、シリルは次第に周りから孤立しつつあるようだ。  そんな中、グレンとセスと研究室長、それに少数のオメガだけはシリルに対して態度を変えなかった。  ある日の夕方、研究室に入ると月の光を浴びるときだけ発光するというキノコの切り株をセスに手渡された。薄茶色で、一見すると食用に見える。 「村人の話では川べりに群生し、月夜にだけ青白く光ると言われている。珍しいし、面白そうだろう? 満月の晩に泊まり込んで是非検証したいんだ。よかったら、シリル君も一緒に確認してくれ」 「はい! 満月の晩っていつですか?」 「明後日(あさって)だ」  シリルは予定表を懐から出して確認した。その日は発情予定日の中間だから、多分大丈夫だ。 「大丈夫だと思います。でも、万が一発情期……ヒートになったら泊まり込みは出来ません」 「そうだね、最近シリル君の匂いはすごく甘くなってきているから危ないかもね。だれか好きな人でも出来た?」  眼鏡の奥に得体の知れない光を見付けて、背筋に一瞬冷たいものが走った。オメガに反応し、匂いの種類までかぎ分けられるとなると、セスはアルファなのだろう。 「セス先輩は、やっぱりアルファなんですね……」 「そうだよ、でも館の獣人連中よりは理性があるほうだ。今だから言うけど、きみがオメガ専用仮眠室にいる時に外で吠え立てているのは獣人ばかりだ。やはり人間と彼らは別の種族なんだと痛感するよ。奴らは少しばかり力があるからといって、人間の女性を孕ませ、あっという間にこの国を獣人か、人間との合いの子だらけにしてしまった。今や純粋な人間はほんのわずかだ」  植物学のことを一から教えてくれた面倒見の良い先輩がこんな偏見を持っていることに驚いてしまう。だが、シリルも今では一人前のはずだ。歯向かうようで申しわけないが、自分の意見を述べるべきだろう。 「そうなんですね。でも、僕の知っている獣人はとても情け深く、結束が固いです。ここの職員の皆さんとも、なんとか上手く付き合ってゆけたらと思います」 「模範的な意見だな。僕もそんなふうに思っていたことがあったよ。……さ、もう帰る時間だ。定時に帰さないと、そこにいるきみのボディガードに殺されそうだ」  振り返ると、グレンが尻尾をパタパタと揺らして、ガラスで仕切られた扉の向こうからこちらを覗き込んでいることに気付いた。 「ごめん! 興味深い話だったから、終業の時間だと分からなくって」  詫びながら走り寄ると「帰ろう、シリル」とふかふかの獣毛に覆われた手を差し伸べられる。シリルはこの手が好きだ。

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