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第14話 失望
「シリル、セスさんとなんの話をしていたんだ?」
仕事場を離れるとすぐにグレンが呟いたので、シリルは胡乱な瞳で兄弟分を見た。どうもあの一件以来、グレンが彼氏面をしてるような気がしてしょうがない。ただの幼なじみで、兄弟のようなものなのに、最近やけにシリルの行動に干渉するのだ。獣人を貶めるような言葉の数々をグレンに聞かせるわけにはいかないから、当たり障りのない部分だけを言うしかない。
「仕事の話だよ。明後日の満月に、キノコが月夜で光るかどうかっていう噂を検証するから、僕も立ち会って欲しいって言われたんだ」
シリルは闇に薄青く光るキノコを想像する。闇夜に浮かび上がる仄白い青。きっと美しいことだろう。
「今日見たところ、薄い茶色のなんの変哲もないキノコだったけれど。そんなものが月夜にだけ光るなんて、まるで妖精がいる世界みたいだ」
「ふうん」
「グレンも一緒に行こうよ。きっと綺麗だよ」
グレンが気難しい顔になる。ウウ……、という唸り声のあとに響いたのはこんな言葉だった。
「いや、行かない。俺は最近早く眠ることにしているから。……それにお前もダメだ、シリル。泊まり込んだ晩に突然ヒートが訪れたらどうする気だ? もし、この前みたいなひどい状態になったら? あの時はおれがいたからなんとかなったが、ほかのベータやアルファの前であんな痴態をさらすと襲ってくれと言っているようなものだぞ」
グレンの言うことは一理あった。先日のことを思い出すだけで、顔に火が点いたようになる。それにシリルの発情の訪れかたは、かなり不規則になってきている。発情が終わった数日後に、また新しい発情期を迎えることだってあるのだ。それでも、光るキノコの魅力には抗えなかった。
「内側から鍵が掛けられる部屋にいるし、セス先輩がいるから大丈夫だよ。そうだ、グレンも固いこと言わないで一晩くらい起きていようよ。珍しいキノコだし、検証現場にいれば発見者だよ」
「そんなに言うなら」
突然首輪に爪が引っ掛けられ、カリッという軽い音がする。耳元にグレンの吐息がかかり、押し殺した声が響いた。
「今度お前が発情したときに首筋を噛ませてくれ。そうしたら、光るキノコでもなんでも付いて行ってやる」
「グレン!」
馬を走らせ、先を急ぐ豹頭の獣人はそれきり振り返ることはなかった。一人森に残されたシリルは呆然とグレンが去る姿を見ているほかなかった。はじめは殴られたようなショックが走ったが、次第にムカムカと腹が立ってきて、首に付けている首輪をさわった。
(ひどい冗談だ。もしかして本気なのか? ……だとしたら失礼すぎる)
グレンも仮眠室の外でうろついている奴らと同じだったのか。僕を簡単に孕ませられる雌としてしか見ていないのか。――兄弟同然に育ったシリルを、そんな目で見るのか。
グレンに出会ったとき、両親を殺した犯人の絵を描いてほしいと頼むと、代わりに笑っている父母を描いてくれた。さみしさに独り泣いているとき、一緒に眠って不安を消してくれた。グレンがいなければ、シリルはもっとひねくれて冷たい気持のまま成長したことだろう。それほどシリルのことを思い遣ってくれたグレンなのに、シリルがオメガだと分かった途端に雌扱いするなんて。もしかして、研究室で発情を起こしたときも、グレンは守る体を装いながら自分を狙っていたのだろうか。考えれば考えるほど、グレンのことが信用出来なくなってくる。
それからは、グレンと家の中で会っても口をきかないように努めた。はじめは気にしていないようだったグレンも、たびたび無視されることに苛ついたのか、話しかけてこなくなった。無視し合う息子ふたりを心配したグレンの母が、シリルの肩を叩く。
「あなたたち、喧嘩しているの? 今までにこんなことなかったじゃない。早く仲直りしたほうがいいわよ」
「ありがとう、母さん。でも、僕が折れるのはいやだ」
そうだ、悪いのはグレンのあのひと言だ。あれですべてが壊れてしまった。
(グレンなんて知らない。……見損なった)
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