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第17話 グレンの気持ち、そして
仮眠室に戻ってきたグレンを見て、照れくさくなってしまった。散々拗ねて口も利かなかったのに、グレンはシリルを助けてくれた。
「グレン、あの……、ありがとう。まさか来てくれるなんて思わなかった。喧嘩してたから」
視線を合わさないように、ボソボソと礼を言う。
「夜誘われたと聞いていやな予感がしたんだ。お前はシュレンジャー家の中でも特別に甘やかされた箱入りで、警戒心がないからな。今日だけはようすを見ようと思って仕事の後に残ったんだ。残業もあったから、こっちに来るのが遅くなってしまった」
かぁっ、と顔が赤らんでしまう。箱入り、と揶揄されたのに、豹型の獣人一家にカウントされていて嬉しくなるのはおかしいだろうか。
「ね、今日は僕の抑制剤持って来てくれてる?」
そう尋ねると、胸ポケットから容器に入った丸薬を二つ差し出された。
「お前から発せられる匂いが少しずつ強くなってきていたから、そろそろ発情期じゃないかと思った。当たりだったようだな」
フンフンと鼻を寄せられ、自分はだれにでも分かるほど発情の匂いを振りまいていたのかと恥ずかしくなる。だが、今の言葉に引っ掛かるものがある。
「待って。匂いが分かるってもしかすると……、グレンはアルファだったの?」
「そうだ。……黙っていて悪かったな」
「だって、母さんも父さんもベータなのに」
「ベータから突然変異でアルファが生まれることはたまにあるそうだ。両親には打ち明けられたが、お前が獣人のアルファを憎んでいたから、ベータの振りをして抑制剤を飲んでいた」
「えっ。アルファ用の抑制剤なんてあるの?」
「ああ、研究室長に頼んで作ってもらっていた。それとは別に、お前を守るために体を鍛える必要があったから、早く寝るふりをして部屋で筋トレをしていた」
「そうだったんだ……。ありがとう」
最近すぐに部屋にこもっていたのはそういう理由か、とシリルは納得した。しかし、想像すると噴き出しそうになる。喧嘩をしているのに、隣の部屋で秘密の特訓をしていたなんて。少しにやけてしまうと、高い位置から頭をクシャッと撫でられた。
「帰るぞ。悪いが、少し離れて歩いてくれ。抑制剤が効かないのか、最近一緒にいなかったせいか。甘い匂いで頭の芯が痺れてくる」
「ご、ごめんね」
階段を降りるとき、先を歩いていたのだがグレンに譲り、あとから付いて歩く。残り香の跡を歩かせたくなかったからだ。
「少し前に考え付いたんだけど。僕には働くところもあるし、もう養われるだけの子供じゃない。だからあの家を出る時期かな、って思うんだ」
そういうと、ガウッ! と噛みつくように一喝された。
「ダメだ、お前はオメガだろう。一人暮らしをして、また今回のようなことがあったらどうするんだ」
そうだった。シリルは肩を落とし「そうだね……」と俯いた。どうしてオメガなどに生まれてしまったのだろう、と落ち込んでいると、グレンがこちらに向かって歩いてきた。
「……すまん、俺はまたお前を理由もなく縛り付けようとしていた」
「だって、それは僕のことを心配してくれてるからでしょう?」
そう言うと、豹の男はふるふると首を振る。
「シリル、俺はお前が好きなんだ。幼い頃に描いた絵を褒めてくれただろう。あんなに他人に賞賛されたのは初めてで、お前の喜ぶ顔が見たくて絵をやめなかった。お前と一緒に暮らした日々は、何一つ忘れたくない思い出ばかりだ。お前がオメガだと分かったとき、もしかして俺の子を産んでもらえるんじゃないかとぬか喜びしたくらいだ」
「それでこの前、首を噛ませろなんて言ったの? 僕の気持も確かめないで?」
それはあまりにも、自分勝手ではないだろうか。
「すまん。以前お前が発情したとき、尻になにか挿れてほしいとねだったり裸を見せたりするから、てっきり言わなくても気持が通じていると思っていたんだ。俺の早とちりだったんだな」
「そんなこと……」
早とちりだろうか。シリルだって、なにも話さなくてもグレンが守ってくれるのは当然だと思っていた。職場で発情したときも、グレンの迎えを当たり前のように思っていた。グレンが来てくれるから、助けてくれるから。心のどこかでそんなふうに思っていた。
「お前が俺をなんとも思っていないのは無視された時によく分かった。だが、家を出て行かないでくれ。俺にお前を守らせてくれ。……お前になにかあったら、俺は狂ってしまう」
情けない唸り声を出し、森の王者たる豹の男がうなだれる。その姿を見て、胸が締め付けられる。強くて大きい自慢の幼なじみが、シリルのことでこんなに弱い姿を見せるなんて。
初めて会った頃、水玉模様のシビレタケが食べられないと分かったときのグレンを思い出す。しょげかえったグレンは、すぐに忘れないようにとスケッチをしていた。そしてシリルが犯人を描いてほしいと言うと、きっぱりと断って大好きな両親を描いてくれた。シリルは今まで、その絵を見て何度も慰められたのだ。シリルはゆっくりと豹型の幼なじみに近付いた。
「顔を上げて、グレン。僕もきみがそばにいるのを当たり前だと思っていたから、言わなかった。好きだよ」
「シリル」
濡れた鼻に鼻を近付け、猫科の獣同士の挨拶をする。
「僕も、男の人としてグレンを見てたんだ。小さい頃、たくさん僕を慰めてくれたし、僕がオメガだって分かってからは体を張って守ってくれた。それに、以前ヒートでおかしくなっちゃったとき、なにか挿れてって頼んだのは、無意識でグレンとそういうことをしたかったんだと思うんだ」
「ほんとうか!」
グレンの喉がゴロゴロと鳴り始める。嬉しい気持ちを隠すことが出来ないのだろう。肩を抱かれ、唇を重ね合う。グレンの鼻から口に別れた人中と呼ばれる場所から、サリサリとした短い舌がシリルのそれを舐めてゆく。
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