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右近衛中将の貞操 その4

 蓮月と左近衛中将は連日、見回りを強化した。  そのおかげか、物の怪はパッタリと鳴りをひそめた。 「もう安心。これで女御入内の話はなかった事に……」 「そんなことは、今更、できまへんっ!」  都はすっかり平穏を取り戻したかのように見えたが、帝の抵抗もむなしく、右大臣家の二の姫の入内の話は立ち消えになることはなく、水面下で進められた。  そんなある日、後宮で管弦の宴が催されることになった。  体調が悪いと言い訳をして、自室で帝が休んでいると、蓮月がご機嫌伺いにやってきた。 「はぁ」 「今日は管弦の宴が催されるというのに、主上は大きなため息ですね」 「蓮月の笛は楽しみなのだけどねぇ。そうだ、舞は踊らないの?」 「姉様の筝にあわせて、舞う予定です」  蓮月の言葉に、またもや深いため息がこぼれる。  憂いの原因は、二の姫。  今日の宴に、二の姫は奏者として参加する。  いくら政治的な思惑があろうと、何もなしに突然、女御を迎えることは出来ない。  そのため、「宴で二の姫を見初めた帝が熱望して、女御に迎えることになった」という筋書きが用意されている。だから、こうして仮病を使って自室に籠っている。意地でも宴に出席する訳にはいかないのだ。  平安の世は、全く、回りくどくてややこしい。 「私が手に入れたいと心の底から願ってプロポーズした姫はただ一人だけなのに」  思わず、独り言のような愚痴が口から零れる。  かつて望んだのは、決して手に入れることは出来ない姫。  その姫でなければ、誰であろうと同じことだ。  帝は、実のところ、もう諦めていた。ここまで来れば、二の姫との結婚は阻止できない。  ひょっとしたら、蓮月と血縁のある姫というだけマシなのかもしれない。  自嘲めいた笑みがこぼれる。 「その姫は、きっと入内を望んでいたと思います」  蓮月が、真っ直ぐに御簾のこちらを見つめてくる。その瞳に居すくまり、胸がジクジクする。  蓮月? 幼いお前は覚えていないかもしれない。  あの時の気持ちは、大人になった今も衰えることはない。本気でお前が欲しかった。  たまらなくなって、御簾から這い出ると、抱き寄せるようにしてその白くて骨ばった手を取った。然したる抵抗もなく、蓮月が帝の胸に倒れこむ。 「お前は左近衛中将と……」  体を胸に抱いたまま、右手で蓮月の顎をクイッとあげる。至近距離で視線が絡む。  互いの吐息が唇に触れた、まさにその時……  突然、女房の悲鳴が響き渡った。 「大変どすえっ! 二の姫さんが物の怪にかどわかされはりましたっ!」 「なんだってっ?」  二人は驚愕のあまり、身を離して立ち上がった。 ■ □ ■  名門の、それも時期女御として入内するはずの姫の失踪。  すぐに、探索チームが組織され、虱潰しに捜索にあたった。  しかし、懸命の捜索にも拘わらず、手がかりは一向に掴めず、二の姫の行方は分からないまま3日が過ぎた。

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