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サクラガサイタヒノハナシ。

今年も春が来た。 家の近くの古びた神社。 そこにある立派な一本桜にも、空に霞を掛けるように花が咲き誇っている。 見上げた先で、生暖かい風邪に吹かれ薄桃色の花弁が散る。 ヒラヒラ。ハラハラ。 咲くには時間がかかるのに、散るのはなんとも呆気ない。 あぁ、憐れだ。 …それなのに毎年毎年。桜は一体、何のために咲くのだろうか…。 ーーー『あなたはいつになったら家を継ぐ気になるんです?』 コトリ。 母さんが態々豆から淹れたコーヒーが、俺の目の前に置かれた。 (あぁ、また始まった。) 爽やかな朝の空気と芳ばしい豆の香りが、ざわりと波立つ気持ちを落ち着かせようとするが あまり意味はなさそうだ。 『…だから、今は他にやりたいことがあるんだって…』 『そのやりたいことも、最近上手くいっていないみたいではないですか。はぁ…そんな芸術だなんて不安定なことをしていないで、早く私を安心させて下さいな。』 『……。』 『いい加減になさい。あの人が何も言わないからってふらふらと。長男なんだからしっかりしてくれないと…』 『ッ…、…俺、少し散歩してくる…。』 『ちょっと、話はまだ終わってませんよ‼』 『行ってきます…』 『待ちなさい‼』ーーー ……今朝の喧嘩の後、俺はあの空気に堪えきれずそのまま散歩に出掛けた。 芸術なんて。ツキリ と胸の奥が痛むのを感じる。 …わかっていた。母さんがそういう部類の人間なのだと。 俺のことを心配して言っているのだと。 それでも、改めて自分の夢を否定されるのは辛いもので。 それに、母さんが言っていることは事実なのだ。このご時世、絵だけで食べていくなんて至難の技。 しかも最近の俺は、描きたいものが描けなく…いや、それどころか、描きたいものすら分からなくなっている。 『お前は何を描きたいの?』 『分からない。』 『なんで分からないの?』 『…それも分からない。』 そんな自問自答ばかりして絵で生計を立てるなんて、夢のまた夢だろう。 だったら、家を継いだ方が断然 堅実的だ。母さんも安心させられる。 分かっている…分かってはいるが、頭では理解していても、どうしても夢を諦めたくない。 現実はなんて儘ならないのだろうか。 あぁ…、憂鬱だ…。 目の前の自分と同じ名の植物を見て思う。 外に出たついでに絵の題材を探してみたものの、些か自分を描く気にはなれず。 駄目だな、何もやる気が起こらない。 他に行ってみるか… 参道を抜けてしばらく行った先にある、川沿いの並木道を歩く。 葉で程好く遮られた光が、自分の歩く速度に合わせてキラキラ地面を滑っている。 綺麗だ…。 足を止め、見上げてみる。 幾重にも重なった、複雑な黄緑色の葉のシルエット。 その隙間からチラチラと覗く白い光。 先の方の細い枝や、それらを支える太い幹。 例えば。…俺に、描けるだろうか。 俺に、表現出来るのだろうか。 今感じたこの気持ちを、この感覚を。 ……、 「こんにちは。」 はぁ。ため息をつこうとしたその時、川の方向から声が聞こえた。

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