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「こんにちは。」 石垣でできた並木道の一本隣。 一段下がったその道に、コンビニ袋片手にパーカー姿の男が一人。 同い年くらいだろうか。顔を向けると目が合った。 こんにちは…?もしかして俺に言ってるの?知り合いにこんな人いたっけ?ご近所さん?と言うか今、朝だよね? 一瞬で色々なことが頭を巡る。 考えた末に俺は挨拶を返してみることにした。 「……こんにちは。」 「!!」 あ、驚いてる。自分で挨拶してきたのに… 「…今7時過ぎだけどね。」 「……」 そう返すと、一瞬キョトンとしたあとに肩を落とす彼。 落ち込んでる…。分かりやすい人だなぁ…… しばらく様子を見てみる。 彼はチラチラと俺の方を見ては、視線があっちへウロウロこっちへウロウロ。落ち着かない。 どうやら勢いで声を掛けてきたらしい。 何を話そうかあわあわと必死に考えてる様は、男なのに少し可愛いとさえ思えてくる。 「…フッ…。君、どこの学校?大学生…だよね?」 「へ?あ、あぁ、うん。君も?」 声を掛けながら、石垣を飛び降り彼に近寄る。 ふむ、彼は近くで見ると案外幼い顔立ちをしている。…ちょっと顔も可愛いな…、なんて。 「そうだよ。F大。俺ね、2年生。」 「あ…、俺はT大。俺も2年だよ。」 「そうなん?じゃあ同い年かな。」 「ッ……………」 T大…確かとなり駅だったな。 F大の反対方面だ。 もしかしたら今までにすれ違ってるかもしれない。 と言うか、あれ? 「フリーズ?大丈夫?」 一歩近付き顔を覗き込む。 「う、うん。うん、ダイジョブダイジョブ。」 そう言って俯き口許に手を当てる彼の耳は、ほんのり朱色に染まっていた。 「そう?…あ、鯉だ。」 木柵に凭れ川を覗く。 …大きな魚影がゆったりと波を立てて優雅に游いでいる。 「…さっき、何してたんだ?」 顔だけで川を見ながら彼が言った。 さっき……何のことだろうか?…あぁ。 「木を観てたんだ。」 「木?F大って…あ、美大だっけ。」 「うん。今度は植物描こうかなぁって思って。」 「あぁそれで…」 半分は本当。けど半分は嘘。 題材探しより、逃げてきたと言う方が正しい。 母さんから、現実から。 振り返ってもう一度木を見上げる。 彼も俺と同じように上を見た。 朝の爽やかな風が木々の間を通り抜けていく。 さわさわと鳴る梢の音が耳に心地好い。 「…絵画専攻なんだ?」 少しの沈黙の後、彼が言った。 「あー、今 意外だとか思ったでしょ?俺、こう見えて絵めっちゃ上手いよ。」 「ははっ、自分で言うのか。」 「俺自分は自分で褒めていくスタイルだから。」 「なんだそれ。」 「ポジティブシンキングだよ。ポジティブシンキング。大事 大事。」 だって、そうでもしないとやっていけないから。 「確かに、大事だけどな。」 クスクスと控えめに彼が笑う。 何故だか…目が、離せなかった。 君は… じっ…と彼を見つめて話す。 「君は…、T大って医学部が有名なとこだよね?」 「…そうだよ。俺は教育学部だけど…。」 一瞬合った目がすぐに逸らされた。 「へぇ!教師目指してるんだ?」 まぁ…。特別なりたい訳では無いんだけど。そう言う彼は、何処かばつの悪そうな表情をしている。 「んー、まぁ皆そんなもんでしょ。何の先生?」 「小学校だよ。小さい子は好きだから。」 「小学校かぁ、疲れそうだな~。」 俺も子供は好きな方だけどな~… 「…俺よりも、君の方が向いてるかもね。」 「俺?なんで?」 「コミュ力が高そうだから。」 「えー?そうかな?」 「うん。友達多そう。」 「あはは、でも小学生の相手って大変そう。」 「大変さで言ったら、絵の方が大変だろ。」 「う~ん、絵で食べていこうと思うとやっぱり大変だよねー。」 視線を木に戻し、見つめたまま呟くように言う。 「?…画家?とかアーティスト?にはならないのか?」 「ん~…ならないって言うか、なれないって言うか…。」 家での会話を思い出す。 母さんの厳しい表情、尖った言葉。 心がカラカラと音を立て崩れていく。 いっそ何もかも捨ててしまえたら…どれだけ楽だったことだろうか。 「……………。」 「…………。」

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