5 / 6
.
「こんにちは。」
石垣でできた並木道の一本隣。
一段下がったその道に、コンビニ袋片手にパーカー姿の男が一人。
同い年くらいだろうか。顔を向けると目が合った。
こんにちは…?もしかして俺に言ってるの?知り合いにこんな人いたっけ?ご近所さん?と言うか今、朝だよね?
一瞬で色々なことが頭を巡る。
考えた末に俺は挨拶を返してみることにした。
「……こんにちは。」
「!!」
あ、驚いてる。自分で挨拶してきたのに…
「…今7時過ぎだけどね。」
「……」
そう返すと、一瞬キョトンとしたあとに肩を落とす彼。
落ち込んでる…。分かりやすい人だなぁ……
しばらく様子を見てみる。
彼はチラチラと俺の方を見ては、視線があっちへウロウロこっちへウロウロ。落ち着かない。
どうやら勢いで声を掛けてきたらしい。
何を話そうかあわあわと必死に考えてる様は、男なのに少し可愛いとさえ思えてくる。
「…フッ…。君、どこの学校?大学生…だよね?」
「へ?あ、あぁ、うん。君も?」
声を掛けながら、石垣を飛び降り彼に近寄る。
ふむ、彼は近くで見ると案外幼い顔立ちをしている。…ちょっと顔も可愛いな…、なんて。
「そうだよ。F大。俺ね、2年生。」
「あ…、俺はT大。俺も2年だよ。」
「そうなん?じゃあ同い年かな。」
「ッ……………」
T大…確かとなり駅だったな。
F大の反対方面だ。
もしかしたら今までにすれ違ってるかもしれない。
と言うか、あれ?
「フリーズ?大丈夫?」
一歩近付き顔を覗き込む。
「う、うん。うん、ダイジョブダイジョブ。」
そう言って俯き口許に手を当てる彼の耳は、ほんのり朱色に染まっていた。
「そう?…あ、鯉だ。」
木柵に凭れ川を覗く。
…大きな魚影がゆったりと波を立てて優雅に游いでいる。
「…さっき、何してたんだ?」
顔だけで川を見ながら彼が言った。
さっき……何のことだろうか?…あぁ。
「木を観てたんだ。」
「木?F大って…あ、美大だっけ。」
「うん。今度は植物描こうかなぁって思って。」
「あぁそれで…」
半分は本当。けど半分は嘘。
題材探しより、逃げてきたと言う方が正しい。
母さんから、現実から。
振り返ってもう一度木を見上げる。
彼も俺と同じように上を見た。
朝の爽やかな風が木々の間を通り抜けていく。
さわさわと鳴る梢の音が耳に心地好い。
「…絵画専攻なんだ?」
少しの沈黙の後、彼が言った。
「あー、今 意外だとか思ったでしょ?俺、こう見えて絵めっちゃ上手いよ。」
「ははっ、自分で言うのか。」
「俺自分は自分で褒めていくスタイルだから。」
「なんだそれ。」
「ポジティブシンキングだよ。ポジティブシンキング。大事 大事。」
だって、そうでもしないとやっていけないから。
「確かに、大事だけどな。」
クスクスと控えめに彼が笑う。
何故だか…目が、離せなかった。
君は…
じっ…と彼を見つめて話す。
「君は…、T大って医学部が有名なとこだよね?」
「…そうだよ。俺は教育学部だけど…。」
一瞬合った目がすぐに逸らされた。
「へぇ!教師目指してるんだ?」
まぁ…。特別なりたい訳では無いんだけど。そう言う彼は、何処かばつの悪そうな表情をしている。
「んー、まぁ皆そんなもんでしょ。何の先生?」
「小学校だよ。小さい子は好きだから。」
「小学校かぁ、疲れそうだな~。」
俺も子供は好きな方だけどな~…
「…俺よりも、君の方が向いてるかもね。」
「俺?なんで?」
「コミュ力が高そうだから。」
「えー?そうかな?」
「うん。友達多そう。」
「あはは、でも小学生の相手って大変そう。」
「大変さで言ったら、絵の方が大変だろ。」
「う~ん、絵で食べていこうと思うとやっぱり大変だよねー。」
視線を木に戻し、見つめたまま呟くように言う。
「?…画家?とかアーティスト?にはならないのか?」
「ん~…ならないって言うか、なれないって言うか…。」
家での会話を思い出す。
母さんの厳しい表情、尖った言葉。
心がカラカラと音を立て崩れていく。
いっそ何もかも捨ててしまえたら…どれだけ楽だったことだろうか。
「……………。」
「…………。」
ともだちにシェアしよう!