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第5話

 運命の番。  私、シュヴァルツは、そんな与太話を最初は信じていなかった。  運命の番は、滅多に出会えない事もあり、ある一定の数が居ると知られてはいても、その本質的な所までは周知されていない。  実際、運命などと言うのは、感覚的なものなのだろう。  そんな私は、最近まで、一度も誰とも性的な関係を持ったことが無かった。  どんなに美しい美姫を前にしても、私のソレは一切反応することもなく、当初こそ色々と世話をやいてきた側近たちも、私への気遣いからか、最近ではその手の強制する事もなくなっており、私の実子が無理ならばと、弟たちの子に意識を向けるようになっていた。  しかしながら、本当の事を言えば、私は今まで誰に対しても反応しなかった訳ではない。  まだ十代の頃、私は一目ぼれをした。  獅子の国の皇子である彼、ヴァイスと出会ったのは、父王についてリィンフォースへと来訪した時だ。  獅子としては、比較的華奢な体躯をしたヴァイスは、女性的な美しさの持ち主では無かったが、鮮やかな金色の髪も、淡いサファイアブルーの瞳も、まるで光の洪水のようにキラキラと輝いており、とても美しいと思った。  彼と話したのは、本当に少しだけだったが、私の心は、その短い時間の間に彼に持っていかれてしまった。  国に戻っても、私が彼の事を忘れることは無かった。  彼を思うと、私のソレは硬く勃起するようになり、彼を思って何度も自慰をした。  しかし、そうやって彼の事を考える時間が増えるにつれて、自身の想いが彼に通じる事などあり得ない事を理解して行く。  国内外の評判から、次期王であるのは間違いないとされていたヴァイスは、前評判のまま王座へと就いた。  元より、彼はα種であり、同じくαである私と結ばれる事などあり得なかったのだと、私は諦めるより他なかったのだ。  そして、それから、色々な相手を閨へと呼んだが、誰とも終ぞ関係を持つことはできなかった。  何度かヴァイス王を見かける機会はあったものの、直接話す機会は長くなく、やっと会話が出来たのは、国家間での重要な会議の折だったが、ヴァイス王は、私とかつて話しをしたことなど覚えていなかった。  十代の頃とは違い、ヴァイス王の身体は獅子の王の風格を持つものになってはいたが、それでも私より華奢な体躯をしている事に、私は隣に並びながら、胸をときめかせた。  手を出すことは許されないが、せめて友人として近づけないかと私は考えたのだが、聞けばヴァイス王は、后であるオーロラと言うΩとの時間を何より大切にしており、許される時間をすべて使っているほどの溺愛ぶりだと言う。  つまり、友人と言う関係でさえも、夫婦間の交流を妨げる要因として、忌避される話になると言う事だ。  その時、私がオーロラに抱いたのは、紛れもない苛立ちと嫉妬だった。   (なぜ、独占しようとする……!)  そう苛立たし気に思い、酒を飲みながら、私は滞在の時を鬱々とした気持ちで過ごした。  本来ならば、それだけで終わる筈だったのだ。  だが、私はオーロラと出会ってしまった。  オーロラと出会った瞬間、感じたのは、ほとばしる程の衝撃だった。  外見を見ただけでは、反応はしなかった。  確かに美しい姿をしてはいたが、私からして見れば、ヴァイス王の方が美しいと思った。  だが、ふと近づかれて仄かに香った体臭に、私の身体は反応して、気づけばオーロラを押し倒していた。  手馴れているのか、オーロラは人気のない場所へと私を引きずり込み、オーロラにリードされながら、私たちは互いを貪るように求めあった。  それまで誰にも反応しなかったのに、オーロラに反応した理由。  それは、オーロラと私が運命の番なのだと、私もオーロラも思った。  今まで、ヴァイス以外に興味の持てなかった私にとって、それは驚愕の出来事だった。  誰とも愛し愛される関係になれないのではないかと、悩んだこともかつてはあった。  長い間、考えて最近では諦めてはいたが、やはり心の奥底では、私にもまだ憧れは残っていた。  だから、いけない事だと分かってはいたが、それからも密通を重ね続けた私たちは、互いの身体に溺れていった。  ヴァイス以外に愛せる存在、それがオーロラなのではないかと期待した。  そして、結果、オーロラはヴァイス王ではなく、私の番となる事を望み、二人は離縁する事になったのだ。  オーロラが、私の后になりたいのだと言った時、私は断るべきだったのだろう。  だが、ヴァイス以外で初めて反応し、抱くことの出来たオーロラと言う存在を手放すことは、既に出来なくなっていた。  周囲の人間も、私の実子が王位を継げるのであれば、それが一番良いのだと望んでいたし、私も男だ。  その手の欲求を吐き出せる相手として、オーロラを手に入れたいと思うようになった。  今考えれば、この思考がすでにおかしな話だったのだろう。  オーロラの事を愛しているから抱きたいというのが、正常な運命の番としての感覚な筈だ。  だが、私はオーロラを抱きながら、彼に対する愛しい気持ちなど、一度として感じたことなどなかったのだ。  それは最初の交わりの時からそうだった。  ヴァイス以上にと願いながらも、彼以上だと思えたことは無かったのだ。  それに気づいたのは、オーロラを自国へと連れ帰り、共に過ごす時間が増えたからだ。  最初は良かった。  オーロラに対しては相変わらず、私のソレは反応を示すし、性欲に関して満足していたからだ。  オーロラの素行や態度には問題があるとは感じる事はあったが、周囲も、私の子供が望めるのであればと、そういったオーロラの蛮行を黙認していた。  だが、その時間は長くは続かなかった。  何度も関係を持つうちに、徐々にオーロラに対する私の反応が薄くなっていったのである。  気づけば、オーロラを閨に呼ぶ機会は減って行き、代わりに他の后を寝所へと招く様になった。  とはいえ、彼女たちを抱くわけではない。  試してみようとは思ったが、やはり全く私のソレは反応しなかったからだ。  だが、オーロラと違い、彼女たちは私が長い間不能であった事を知っているため、私に対して含んだ物言いはしないため、心が安らげるのだ。  しばらくは騙し騙し、オーロラと関係を持っていたが、ある日を境に、全く持って反応することが無くなった事で、私は完全にオーロラとの閨を行う事は無くなった。  それからの私は荒れた。  性の解放が出来ない以上、それは酒や賭け事、剣などへの発散される様になる。  元より、気性はどちらかと言えば、私は激しい方だったが、此処最近の私の言動には苦言を呈されることも多くなっていた。  オーロラから何度か連絡を貰っても、私はすべて無視をするようになり、私の態度から、私がオーロラに飽きたのだろうと噂されるようになるのにそれほど時間はかからなかった。  周囲は何とか、関係を改善できないかと伺ってくるようになったが、時間が経てば経つ程に、私のオーロラへの感情は、黒く淀んだものへと変わっていった。  オーロラの何に惹かれたのかと言われると、匂い、なのではないかと私は思うが、そう考えると、何か得体の知れない不気味な気持ちになる。  本当に、私はオーロラの事を欲したのだろうか、と。  何か大切な事を見逃しているのではないか。    逃げていてはいけない、と。  私は確かめに、重い腰を上げてオーロラを訪ねる事にした。  そこで見たものは、オーロラと臣下の交わりだった。  二人は裸で激しく絡み合い、縺れ合っていた。  オーロラと交わる男の容姿を見て、私はヴァイス王の事を思い出し、衝撃を受けた。  本来ならば、妃であるオーロラに触れた男に対して憎悪の感情を抱く筈なのに、私が抱いたのは、オーロラへの嫌悪感だった。  かねてより、オーロラの噂は良いものではなかった。  他の男に色目を使っているなど、そう言った話は耐える事はなかったが、私はそれほど意には介していなかった。  たとえ噂が本当であったとしても、子供が出来るなどと言う間違いさえなければ、良いと、私は思っていた節があったのだ。  こうやって目の前にいても、オーロラへの愛情は微塵も浮かんでは来ない。  むしろ、決定的瞬間を見たことによって、私はオーロラを切り捨てる事に決めたのだ。  そして、オーロラを抱けなくなった理由にも、この時気づいた。  鼻についたツンとした香り、それはオーロラと抱き合う男の匂いだった。 ――ああ、あの時の匂いだ。  オーロラを完全に抱けなくなった日、不快な香りに顔をしかめた事を思い出す。  私は、最初から、オーロラに反応していたのではなかったのだ。  私は、過去の情景を思い出し、隣で死んだように眠るヴァイスへと視線をやった。  そっと頬を撫でると、弾力のある美しい白肌がほんのりと赤く染まっているのが見えて、私はそっと口づけを落とした。  ヴァイスの心地よい香りを嗅ぎながら、私は思い知った。  私がオーロラを抱けたのは、ヴァイスの匂いがオーロラに染みついていたからなのだ。  だから、彼の残り香があった内は、オーロラを抱けたのだろう。  そして、徐々に匂いが消えていき、止めに他の男の匂いがついた事で、私が欲しかった存在は、オーロラの中から失われた。 「私は、貴方以外をきっと愛せないのかもしれない。貴方は私が憎いだろう? オーロラを奪った私が。私は今はオーロラが憎く、疎ましい。貴方の愛を一心に受けながら、オーロラは決して貴方に本当の愛など返さなかった。私が欲しいものを、あれはずっと怠惰に受け続け、そして最後には裏切った」  自身の想いに気づけば、もはやオーロラに対する情けなどない。  傷つけて傷つけて、アレを壊せば、ヴァイスは私の事を見てくれるのではないかと。  もはや、私の暴走は止まらない。  幸運にも、ヴァイスから仕掛けられた戦は、我々ティルノナーグが勝利し、一騎打ちにおいても、私が勝利している。  リィンフォースにとって、ヴァイスと言う存在は、かつてのように絶対的な存在ではなくなったのだ。  力のない存在は、リィンフォースでは淘汰される。  そして、もう一つ。  伝令からの報告で、既にリィンフォースには、ヴァイスの代わりを務められる者が居ると言う事も分かっていた。  今ならば、ヴァイスを己の物にする事が出来る。  私はこの機を逃す気など無かった。

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