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1章 3話 ルピド族、襲来
「ルピドが……ルピド族がこの村目掛けて来ております!」
村に駆け込んで来たヨトが膝に手をつき苦しそうに息を吐きながら言った言葉に広場にいる村の皆が凍りついた。
「……え」
誰もが言葉を発する事ができないまま何秒経っただろうか。村人の一人の思わず出てしまったのだろう驚きの声におじいさんがはっとした顔をし、ヨトがいる広場の端に歩いていく。
「どの位近くにきておる」
「すでに村から五百メートルのところまで……」
ヨトの言葉にその場が騒然となる。
「五百メートルだと!? 警備は何をしておった!」
「それが……思わぬ魔物の群れに襲撃されておりまして……気づいた時にはすでに……」
「数は?」
「分かりません。………えた……数え…………………もの…………魔馬車…………ルピド…………す」
青ざめたおじいさんの顔とがなる様な声に村の皆に不安が広がる。村人達のざわめきに報告をしているヨトの声が聞こえなくなっていき、断片的にしか声を拾えない。
「えーい! 静かにせんか! ヨト、若い者をこちらに戻せ」
「はっ」
シーンとなった広場におじいさんの声がよく通る。
「それから皆の者、伴侶のおらん者と子供がおる者はすぐに貯蔵庫に隠れろ! ジト、ノム、メノ、ヒキ、ガダ、魔弓を持て! この村に入る前に迎え撃つ! いいか! 隠れたら決して物音をたててはならん! 見つかってしまえば命は無いと思え! これは避難の為の訓練ではない! 繰り返す! これは訓練ではない! 分かったら散れッ!」
おじいさんの荒げた声の指示に皆が三々五々散っていく。それを目に入れながらおじいさんが僕とキトのところに戻ってきた。
「じーさん俺も行く」
「駄目じゃ」
キトと一緒に背中を押されながら広場を離れる。後ろを振り向いて見ると、まだ混乱の中にあるのか、村人が右往左往する姿が見える。
「リト、前を向け。それからキトお前を連れていく事はできん」
「だが……」
「わしは言ったはずだ。伴侶のおらん者と子供のおる者は貯蔵庫に隠れろ、とな」
「村の中で一番の魔弓の腕をしているのは俺だ!」
「ならばリトを守れ」
「じーさんッ!!」
「聞かぬ! お前は次代の村長だ。わし等が連れ去られた後誰が村を纏める」
「……」
「残るのは四十から下の者ばかりになる。それに――」
立ち止まって言い合いをしていたおじいさんが僕を見、その視線を追うようにキトも僕を見た。
「リトを守れる者はお前しかいない」
「……くッ……」
ぎゅっと拳を握ったキトが顔を俯かせたと思ったら僕を見てから手を伸ばしてきた。腕を掴まれ足早に歩くキトの横顔は何かを決意したような顔だった。
***
家の中に入るとキトが居間に敷いてある絨毯をバサリと捲る。そこには人が一人通れるだろう四角い扉があった。床にある扉は地下の貯蔵庫へと続いている。
「リト」
カンテラを持ったキトが先に階段を降りるように促す。
僕、リト、おじいさんの順番で階段を降り、貯蔵庫の端に立てかけてあった大きな的をおじいさんが動かした。その先には二、三人、人が入れる穴があった。
キトがその穴に先に入って足を広げて座り、僕にも穴に入るように促す。僕はおじいさんがこれからどうするのかが気になって後を振り返った。
「早く入るんだ、リト」
「お……おじいさんはどうするの? さっきルピドを迎え撃つって……」
「わしか? わしなら大丈夫じゃ。わしの魔法の腕は知っておるだろう?」
キトが村一番の魔弓の名手ならおじいさんは村一番の魔力の持ち主。威力もすごくて危険だと言われてる上位種の魔熊を一人で倒せるほどだ。
だけどルピドはそれ以上に危険だって村の人に聞いた。ルピドは残忍で狡猾で僕達ヴィヌワを見つけたら捕まえて自分の巣穴に連れ帰る。産み腹にする為に。そんな危険な相手をおじいさんと数名のヴィヌワで抑えることができるのだろうか……。
「リト、大丈夫じゃよ。キトだけが魔弓の名手って訳じゃない。ジトもガダもノムもメノもヒキも魔弓が得意じゃろ?」
「……」
「何も心配することはない。すぐに帰ってくるから、な?」
「……う、うん」
おじいさんの優しい声と諭すような言葉に頷きキトの足の間に入って座り込む。
「リト、キト、匂い消しを塗っておけ。リオネラとルピドは鼻がいい」
渡された小瓶は魔物に匂いを感づかれないようにする為の薬液だ。渡されたキトが僕に薬を塗りこめる。耳の付け根も、耳の中も、指の間も、特に耳の後と項を丹念に塗られ、体の隅々まで塗り終わりおじいさんを見ると笑っていた。
「リト、決してここから出てきてはならぬ。息はしていいが浅く。泣いてもいいが声は出すな。奴らは聴覚はわし等程ではないが嗅覚がずば抜けて高い。じゃから一応この麻袋をかぶせておく。何があるか分からんからな」
おじいさんが僕の頭を撫でて微笑むとキトに顔を向けた。
「リトを頼む」
いつもと違うおじいさんの硬質な声に僕の胸に不安が広がっていく。でもおじいさんは大丈夫だって笑って言ってた。大丈夫、だよね……?
魔物の血の臭いのする麻袋を被せると、カンテラを持っておじいさんが穴を出る。ずるずると音がし的が元の位置に戻ると、足音が遠ざかっていく。
ガタンと扉の閉まる音がして一切の光が無くなった。
***
どくんと一つ鼓動した。
「副団長、他の者が見つかったのは地下にある貯蔵庫らしいっす」
「貯蔵庫?」
「各家、絨毯の下に地下に行く扉があったそうっすよ」
頭上のぼそぼそとした話し声に、体の震えが止まらない。
「えーっと、たしかここらへんに……あーあった」
バサっと何かを捲る音と、次いで聞こえてきたガタンと扉を開ける音に緊張が走る。怖くて怖くて拭う事もできない涙が服に吸いこまえていく。
「いないっすね」
「ここで見ても分かりません。降りますよ」
ゴト、ゴト、と階段を下りる二つの足音。スタっと音がしたと言うことは、階段を下りてルピド族が近くにいるんだ。
「やっぱいないっすね」
「見つかった状況を聞いていますか?」
「すぐに見つかったみたいっすけど?」
「それを鵜呑みにしないように」
「えーっと……たしか、どっかの家では麻袋をかぶってる人もいたとかー」
「とかーじゃ無いですよ。ここのどこかに隠れているはずです。探しましょう」
がさがさと何かの袋を開ける音がする。
「こっちは干し肉、こっちは木の実? こっちは……副団長! これ幻って言われてる酒っすよ!」
「一々口に出して報告しなくてもいいです。黙って探してください」
じゃりじゃり、と土を踏む音がどんどんこちらに近づいてくる。「ひっ」と声が出そうになった時、キトが手で僕の口を塞いだ。
「もう~こんだけ探してもいないんだったら、いないっすよ」
「そう、みたいですね」
「他の家も見なきゃいけないんすから、他いきましょうっす。副団長」
どの位探していたのかは分からないけど、遠ざかっていく足音に安堵の息を吐く。
「今何か聞こえませんでした?」
「気のせいじゃないっすか?」
「……そうですか」
すんすんと何かを嗅ぐような音に僕の緊張が高まる。ドックンドックンと鳴る心臓の音を聞かれてしまうのではないかと恐怖が競りあがって、キトの背中に廻してる手に更に力がこもる。
「気のせいだったようですね。行きましょう」
「ういっす」
階段を上がっていく足音、ガタンと閉まる扉。玄関を抜けて出て行った足音に今度こそつめていた息を吐く。キトも息をつめていたのか「ふぅ」と息を吐くと僕の口を塞いでいた手を離し抱きしめてくれる。
「もう、だいじょうぶ、かな」
震える声で聞くけどキトは何も答えない。「しー」と言った後は僕の背中を撫でてくれいた。
極度の緊張状態だった為か、熱を出し始めたみたいで体が熱い。
「……ゆ、り……」
微かに香ってきた百合の匂い。匂いの元を辿ろうとしたけど、匂いに行き付く前に僕の意識は闇に落ちていった。
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