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1章 4話 誰もいない村
「……ゆ、り……」
一言呟いてくたりと凭れ掛かってきたリトの重みに顔を覗きこむ。暗くて分からないが、気絶しているのは間違いないだろう。片腕にリトの頭を乗せ首筋に手を当てる。
「……」
首筋の温度に思わず顔を顰めた。精神的な疲労で熱を出してしまったのか。
それにしても、ゆりとは何だ?
「……」
まぁいいか。
体の弱いリトがこのままここで過ごすのはよくない事だ。すぐにでも寝室の寝具に寝かせてやりたいが……
耳を澄ませると家の外ではまだルピド族がいるのだろう、村人の戸惑ったような声とルピドの戦士が話合っているのが密かに聞こえてくる。
リトを片腕で抱きしめ、ズボンのポケットに入れてある光の魔道具を取り出し付ける。
魔道具をリトの顔の前にかざし見ると、顔を青白くさせて意識を失ったリトが目に映った。
頬は涙に濡れ、泣きすぎたのか目が若干腫れている。熱いのだろう、息苦しさにはっはっと呼吸が荒くなっている。
「まいったな……」
ルピドが村から出て行かない事にはここから出ることもままならない。祈るような気持ちで俺は嵐が過ぎ去るのをただ待っていた。
***
はっとして顔を上げる。いつのまにか寝てしまったのだろうか。きょろきょろと辺りを見渡すと俺はリトを抱きしめたままだった。
どの位寝てしまっていたのだろうか。魔道具の光が途切れていないことから、まだ二時間は経っていないはずだ。
耳を澄ませ辺りの様子を探るが俺の耳は何の音も拾わない。
「引き上げたのか……?」
着ている神官服を脱いで床に敷き、リトをそこに寝かせると俺は的に手を掛けた。
音を出さない様に細心の注意を払い的を退けると俺は魔道具を持ってゆっくりと階段を登った。
また耳を澄ますも全く音を拾うことが出来ず、俺は困惑しながらも扉を開けて居間に入った。
変わった所は特にはないが、それよりも外の様子が気になる。
足音をさせないようにゆっくりゆっくりとドアに近づき、慎重に玄関のドアを開ける。
少し開けた隙間から外を見るも、いつもと変わらないのどかな村が映っているだけだ。キィと鳴る音のドアを全開にすると俺は外に出た。
「引き上げたんだな」
不気味なくらいシンとした村。
他の者の事も気になるが、まずはリトを寝具に寝かせてやらなければ。
ドア閉めて貯蔵庫に降りるとリトを横抱きにして、階段をあがり寝室の寝具にリトを寝かせる。
ぜぇぜぇと苦しそうに息を吐くリトの着ているローブの胸元を緩め頭を撫でると、居間に戻り熱さましの丸薬と氷嚢を持ち、机の上に置いてあった篭からリンゴを一つとると寝室に移動した。
***
何時間、リトの様子を見ていたのだろうか。窓から入ってくる光はきらめく様な色ではなく、燃えるような赤色。寝室にある机の足の影が壁につく程伸びている。
「そういえば、皆は……」
リトの顔を見れば、ほんのりと頬が色づいてるだけだ。今のうちに残っている村人に指示をしなければ。
連れ去られた可能性のあるじーさん達の救助にも行かなければいけないし、魔物避けの木を村の周りに植えていると言っても絶対に安全と言える訳じゃない。警備隊の編成も考えなくてはならない。やる事は山積みだ。
こうはしていられないと立ち上がり、俺は外に出る。
相変わらず、外は何の気配もしなければ、いくら耳を澄ませても周りの家から音が零れてくることはない。
「……」
おかしい。
人数が少なくなってしまったと言っても、こんなに音がしないと言う事があるだろうか? それともまだ隠れたままなのだろうか?
そうならいい。そうでなかったら……
はやる気もちを抑え、隣に住んでいるヨトの家に向かう。残っているとしたら伴侶のいないセナとヨルだ。
「ヨル、セナ」
貯蔵庫がある場所は何も変わった様子がない。しいて言うなら少し絨毯が動いているだけだろう。絨毯を捲り貯蔵庫の扉を開ける。
近くにあったカンテラに灯りを付けてぎしぎしと鳴る階段を下りる。床に足をつけてヨルとセナの名前を呼ぶが返事はない。
「ヨル! セナ!」
ここに隠れているのでは無いのか? もしかして家の裏にある武器庫の方に?
急ぎ足で家の裏に向かい、石膏で出来た重い扉を開けて二人の名前を呼ぶも出てくる気配がない。
もしかして、ナノの様に見つかって連れて行かれたのか?
他の、他の村人は……
焦る気持ちを抑える事が出来ず、足早に歩いていた足は勝手に走っていた。
一軒一軒名前を呼びながら貯蔵庫や武器庫を探すも気配が伺えない。
とうとうここが最後だ、とごくりと唾を飲み込んで貯蔵庫の扉を開ける。
「ラタタ、モララ……いないのか?」
薬師のばーさんの家に預けられていたはずの二人のキャリロの孤児もいない。
「誰も……誰もいない、のか……」
返事はない。
今すぐにでも村人を連れ戻しに行こう。今ならまだ間に合う!
ルピドが住んでいるのは草原だ。ベーナ族のナーゼ砦を越えて、それから……いや、闇雲に探すのは危険だ。ある程度の情報はいる。ナーゼ砦でルピドの情報を収集しよう。
砦までは歩きで三日。魔馬がいたら一日半で着く距離だ。跳躍しながら行けば、二日半でいけるのではないだろうか?
「待て待て、リトをどうする」
リトをこの村から出すのは危険だ。
風神の愛し子、風精霊の神子、色々呼ばれはあるけれど、あの子はこの村にとって特別な存在だ。
四肢切断を直せる程の上位回復魔法を使える者はこの村ではリトしかいない。
もし、リトの能力が知られようものなら、ルピドやリオネラ、ベーナの権力者達によって死ぬまで利用されるに違いない。
それは避けなければならない事だ。避けなければならないが、ここも絶対に安全だと言える訳ではない。
置いていってもし村の入り口から魔物が入ったら? ああ……でも外よりここが安全だ。置いていく? ここに? それが安全だと分かってるのに決められない。
だが、こうして迷っている間にも、連れ去られた村人はルピドによる蹂躙を受ける事になる。
まだ若い者は伴侶がいない者が多かった。
伴侶がいる者はいいかもしれないが、その者の目の前で若い者が犯されるような事があれば精神的なダメージは大きい。
「だが……」
その場で腕を組んでうろうろ歩きながら考えるも、いい案が出ない。
「くそ! くそっ! クソッ!!」
どうすればいい。
リトか、村人か……
どちらも大切だ。でもどちらを選択すればいいのか……。
「冷静に、冷静に」
考えろ! 俺が選んだ道がどちらも不幸にする道だとしたら?
ああ、違う。冷静にならなければ。
リトが起きたら聞いてみるか、と俺は薬師のばーさんの家から出ると跳躍した。
***
家の玄関を開けて異変に気づいた。リトのフェロモンの香りが微かに漂っている。
「なんだ……?」
匂い消しを塗っていたはずだから、寝室から玄関まで匂いがすることはないのに。
「! まさかっ」
急ぎ寝室に向かい扉を開ける。開けたとたん濃厚な金木犀の香りが部屋から廊下に溢れていく。唸るような声を上げるリトに近づき顔を見る。
薄く開いている赤い瞳の目はとろんと蕩け、頬は上気し僅かに腰が揺れていた。
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