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2章 1話 狩
村から出てそろそろ昼になるだろうか。リトを連れて村を出たはいいがその歩みは俺が思っていたよりも遅かった。
「キト! 見て見て! あそこ山羊の親子いるよ!」
こんな風にリトは今まで図鑑でしか見てこなかった獣や草花、薬草があれば指を指して嬉しそうに報告してくる。
その気持ちは分からないでもない。俺も初めて村の外に出た時はリトみたいに興奮したものだ。
村の中では加工された物しか見れない。村の解体所には大人しか近寄ってはいけないとされ、こうやって見て触れて嗅いで感じる事は村の中では出来ないのだ。
初めて見た獣や魔物、初めて触れる草花、間近で聞いた鳥の囀り、獣達の息遣い。あの感動は今でも俺の中にある。
早くナーゼ砦に着いて情報を集めたいところだが、この様子では無理だろうな。
俺はくすりと笑うとリトの頭を撫でた。
「あれは山羊じゃない」
「山羊だよ! 図鑑で見たもん!」
道からはずれた木々の合間にいる二頭の親子。
見た目は山羊だが山羊ではない。魔物だ。茸を頭に寄生させた魔物、マッシュルームゴート。
「山羊に茸が生えるか?」
「?」
不思議そうに首を傾げてるが、渡しておいた魔物図鑑は見たのだろうか……。
「魔物図鑑は見たか?」
「見たよ。でも山羊は獣図鑑にしか載ってなかった」
どうやら全部に目を通してないらしい。狩をしたいと言っておきながらこれでは困る。
「あれはマッシュルームゴートと言う魔物だ。体高は獣の山羊と変わらないが見た目とは反対に凶暴だ。半径二十メートル以内に敵が近づけば素早く察知して突進してくる。弱点は目以外にはない。やつの皮は分厚く硬い。矢で攻撃しても弾かれるだけだ。だから狩をする時は目を狙う。分かったか? それからな、マッシュルームゴートの頭に生えてる茸は薬に使われる。リトが熱を出した時に飲む熱さましの丸薬の材料の一つはアレだ。それから――」
「ま、待って! 今紙に書くから!」
俺の話を聞きながらどうやらリトはマッシュルームゴートを観察していたのだろう。山羊との違いに気づいたのか、鞄からメモ帖を取り出して書き出してしまった。
魔物図鑑なら荷物を纏めた時にリトが俺の鞄に入れたはずだ。背中から鞄を降し、中を漁るがどこにもない。おかしい。獣図鑑もない。薬草図鑑だけ……?
もしかしてとリトを見ると居心地悪そうに視線をきょろきょろと彷徨わせている。
「リト、魔物図鑑と獣図鑑はどうした?」
「も、持ってこなかった……」
「何故」
「……僕の本って重いでしょ? だ、だから……お、置いてきた……」
はぁとため息を吐いたらリトがびくっと体を震わせて俯いた。俺からリトの顔は見えないがきっと目に涙を溜めているに違いない。
どうやらこの子は俺を気遣って、少しでも荷物を少なくしようとしてくれたらしい。
頭にポンと手を置いて撫でてやるとおずおずと顔を上げて俺を見た。その目にはやはり涙の膜が張っている。
「俺を気遣ってくれたのか? そんなの気にしなくてもいいのに……。俺が他の村に行商に行く時、今よりもっといっぱいの荷物を持っていくだろ?」
「でも……」
「ありがとな、リト」
くしゃりと頭を撫でてやればほにゃんと笑った。
「だが、何も言わないで持ってこないのは感心しないぞ。野営地での狩の勉強には魔物図鑑も獣図鑑も必要不可欠だ」
「……ごめんなさい」
「これは実地で覚えてもらうしかないな。な、リト」
確認を怠った俺も悪い。耳を寝かせてシュンとしてしまったリトを見て俺はくすりと笑った。
***
「うぅぅ……」
唸り声を上げてがっくりと肩を落とすリトを見る。いい機会だからとリトにマッシュルームゴートを弓で射るように言ったら、見事に矢は大きく逸れて当たらなかった。
後ろに寝てしまった耳と握られた拳がリトの気持ちを表してるようだ。
「初めの狩で上手くいくことはそうそう無い。俺だって初めの狩は外したしな」
「キトが?」
まさかと言う顔をしているが、誰でも初めはこんなものだ。ましてやリトは体が弱いこともあり弓を持ったのは一年前。それもこの一年動かぬ的だけを矢で射っていたのだから当たらないのも仕方ない。
「そうだぞ。初めは失敗して当たり前だ。失敗を繰り替えし、回数と練習を重ねて上手くなっていくものだ」
「でもキトは正確に的を射るじゃない」
「俺は十二年も狩をしてるんだぞ? 十二年も狩をしてて動かない的を外すのはおかしいだろ。それより、リト、あそこにホーンラビットがいるのが見えるか?」
五十メートル先にいるホーンラビットを指を指して言うと、リトが指を指している方に顔を向けて頷いた。視線の先には草を食べている頭に角の生えた黒いウサギが映っていることだろう。
「今度はアレを狩ろう。さぁリト弓を構えろ」
「はい」
「ホーンラビット。魔物の中でも弱い部類に入る。弱点は頭にある角の下の白い毛のところだ。だが矢や剣で他の部分を狙ってもほぼ倒せる。額にある角で攻撃をしてくるが、早さもそこまで早くないから余裕でかわせる。角や骨は鏃になるし皮は防具や服に使われる。肉は、まぁ食料だな」
「僕ホーンラビットの肉好き」
「今日の昼食はリトの好きなホーンラビットの肉を入れたスープかな?」
「絶対捕る!」
弓を構え矢を番えたリトの姿勢を見る。肩に力が入っているし緊張しているのか腋が閉まっている。それでは当たるはずもない。
リトの肩に手を置いて緊張を解すように軽く揺する。
「肩に力が入りすぎだ。それに腋も閉まっているぞ。力を抜いて腕を上げる。リトは矢を放つ時押し出す癖があるからそれもよくない。矢は押し出すのではなく、離すんだ」
「はい、師匠」
矢を引き絞った状態で止めてリトの腕を少しだけ上方修正してやる。
「この姿勢で射ってみろ」
バシュンと音をさせて飛んでいった矢は見事にホーンラビットの腹に命中した。
「やったー!」
ぴょんぴょん跳んで喜んでいるリトには悪いが釘を刺す。
「リト、ちゃんと止めを刺してから喜んでくれ」
「えへへ」と照れたように笑ったリトがもう一回弓を構える。今度の矢も見事命中した。
筋力が無いためか、構えている途中で疲れて腕が下がってしまうらしい。介添えをしてやらないと今は打てないが、筋力がついてきたら介添えもいらなくなるだろう。
野営地でホーンラビットの解体の仕方を教えながら、どのようにして筋力をつけさせるか思案するのだった。
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