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2章 3話 魔物被害
話を聞き終わった二人が顔を見合わせ、キトを見て僕を見る。そして再度キトに顔向けた。
「ルピドが村人を連れ去ったって言ったけど、本当にそうなの? 僕達のニナ村にも何回かルピドの人が来たよ。ナーゼ砦の使者として。ま、ベーナ族の方が来ることが多かったけど。僕達キャリロやヴィヌワを保護する為に動いてるって聞いた。だからそれ何かの間違いじゃないの? それよりさ! 僕達ベーナともルピドとも取引してるでしょ。とてもいい値段で鉱石を買ってくれるんだ!」
キャリロ族は小さな背をいかして入り口の狭い洞窟や洞穴から鉱石や鉱物を採取したり、木の上に家を作っているから木の実を採取しそれを乾燥させたものを売って生計をたてている。それにしても、何でいきなりそんな話になるんだろう……?
「この前なんかも大きな青石をベーナが高いお金で買ってくれたんだ! それでさ、今度は緑石を持っていったら高く買ってくれるってー。いやー、商売繁盛で嬉しいよ!」
嬉しいのは分かるけど、今はそんな話をしている場合じゃないのにウルルが鉱石の値段と価値について雄弁に語り始めた。それを止めたのはメルルで。
「ウルル、今はその話は関係ないよぉ。話を元に戻すけどぉ。ベーナ族は山に住む僕達キャリロやヴィヌワを保護しようとしてるって話は本当の事だよぉ」
「保護?」
「魔物の被害があまりにも多いから一時ナーゼ砦で保護して時期をみて山に帰ってもらおうって話らしいよぉ」
そんなの一度も聞いた事がない。キトを見ると腕を組んで顎に手をあて何かを考えているようだった。
「ワ村にも来たでしょうぅ? ベーナとルピドの使者がぁ」
「ベーナの人が愚痴ってた。ワ村の村長が首を縦に振らないから困るって。ワ村は最古の村だから保護対象のヴィヌワが多いのに、って」
「僕そんなの知らない」
「キトは知っていると思うけどぉ?」
二人が同時にキトを見、僕も釣られる様にキトを見た。拳を握って顔を俯けてるキトの顔色は伺えないけど、イライラしたように長く白い耳がピクピクと動いている。
「俺は知らない。じーさんは何も言わなかった」
「……え?」
「ベーナがたまに行商に来ていたのは知っていたが、ベーナが俺達を保護しようとしてた事は知らない」
「じーさんは何故俺に何も話さなかった」と小さく呟くキトの様子に僕とメルルとウルルの三人で顔を見合わせた。
「ヴィヌワのじいさん連中は頭が固いからさ、キトには話せなかったんじゃないの?」
「山の西に住むキャリロとヴィヌワはほとんどナーゼ砦の保護区に移住してるって話だからねぇ。聞かせたくなかったのかもしれないねぇ」
「どう言う事だ」
ばっと顔を上げたキトにウルルがそんな事も知らないのかと言わんばかりに呆れた顔をした。
「山の西はもうほとんどいないって事。東のヴィヌワはまだワ村の人が残ってるからワ村の村人が移住をしないと他の村も移住しないだろうってキャリロの長達が話てるの聞いた」
「ウルル、また村長の集まりに無断で紛れ込んでたのぉ? 駄目だよぉ」
「えへへ。そこで聞いたんだけどさ、西のラ村、ベーナ達に強制的に移住させられたんじゃないかって長達が噂してた!」
山の中で一番古いのは僕達が住んでいるワ村だけど、二番目に古い村は西にあるラ村。そのラ村が移住したとなれば他の西の村が移住してしまうのも仕方ないのかもしれない。山の西を纏めるラ村。山の東を纏めるワ村。
ヴィヌワはしきたりや掟が多いうえに、最古の村を治めている村長の発言力は大きい。纏めている村の長の言葉は絶対だから、僕達のおじいさんがうんと頷かなければ他のヴィヌワの村も他者に何を言われようと頷かない。
強固な絆が強みだけど、たまにそれがアダになるってキトが言っていた事を思い出した。
「だから俺達の村も強制的に連れていかれたと言いたいのか」
「噂だから鵜呑みにできないけど、僕はそうじゃないかって思ってる。兄さんもそうだって思うでしょ?」
「でも、まぁ、いないのが真実を物語っているよねぇ」
「どっちみちルピドの情報を収集しようとナーゼ砦に行こうとしてるんだから自分の目で確かめればいいじゃん」
「軽く言ってくれるな」
ウルルをギロリと睨んだキトが「少し考えたい事がある」と言って黙り込んでしまった。僕はそんなキトを横で見ながら、北へと流れる風を感じていた。
***
考えこんでしまったキトを見ていたメルルがいきなり僕の方に顔を向けた。
「こんな話をしておいて言い難いんだけどねぇ、今回ワ村に行くのは移住の挨拶に行く為だったんだよぉ」
「移住の挨拶?」
小さな声で呟いた僕の言葉に二人がうんうんと頷いた。
「ここ何年か山で魔素溜まりが多く見られるでしょうぅ? その魔素溜まりのせいで魔物が強くなって魔物被害が増えてるからさぁ」
「だから魔素溜まりの影響がないナーゼ砦に移住しようってなったの!」
「ベーナ族にも前から言われてたしねぇ。危険だからナーゼ砦の保護区で生活しませんかってねぇ」
確かにここ数年魔素溜まりのせいで魔物の被害が多くなってきている。僕達獣人には何も影響ないのに、魔物が魔素溜まりのある所を通ると強くなってしまうのだ。
二年前にはキトが一段と強くなった上位種の魔物に酷い怪我を負わされた事がある。右腕が辛うじて付いてる状態でお腹には穴が開いていた。村の大人総出で半日かけてやっと倒せたけど、何人もの人が亡くなった。
上位回復魔法が使える僕がいたから重症を負ったキトや他の村人が助かったようなものだっておじいさんが言っていた。
「僕達キャリロはヴィヌワみたいに攻撃魔法を撃つ事ができないからさ。今までは防御魔法と回復魔法でなんとか耐えてきたけど、これからはどうなるか分からないから思い切ってナーゼ砦に移り住もうってニナ村で決まったの。だからもうワ村と取引できないから、移住の挨拶に行ってこいって村長が」
「ニナ村の人達はいつ移住するの?」
「ルピド族が手伝ってくれるって言うからねぇ。明日か明後日位にはナーゼ砦に向けて出発するんじゃないかなぁ」
ピクリとキトが肩を少し揺らしたけど「ルピド族」と呟いてまた黙り込んでしまった。
「で、ま、その途中でキトとリトに会ったって訳」
「ワ村に行っても仕方ないみたいだから僕達はこのまま帰るねぇ」
「キト、リト、ナーゼ砦で会おうね!」
「またねぇ」
メルルとウルルの二人の兄弟は振り返ることなく来た道を戻っていった。僕の隣ではまだキトが思考に耽っている。何分そうしていたのかキトが顔を上げて僕を見た。
「とりあえず俺達も行くか。じーさんに聞きたい事があるしな」
どことなく静んだキトの様子に僕は掛ける言葉が出てこなくて、のろのろと立ち上がると荷物を纏め始めた。
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