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2章 5話 調査隊第二隊副長ヨハナ

 ベーナ族の人に連れられて来たのは門の側にあった小さな一軒の家だった。  言われるままに奥へ奥へと進み、入った部屋には大きな椅子と大きなテーブル。部屋の隅には小さな棚が置かれてあってその棚の上に花の挿してある壷がある。  「どうぞ、そこに座ってちょうだい」とベーナ族の人に勧められて二、三人は余裕で座れそうな低くてふかふかと柔らかい大きな椅子に座る。こんなの村で見た事無い! ワ村にある木と獣の革で作られた椅子より座り心地もいい。  もふもふしている椅子を触りながらキトを見ると不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。 「おまたせ」  手に多くの紙や本を持ったベーナ族の人が部屋の中に入ってきて、僕達の向かいの椅子に座り僕を見てからキトに顔を向けた。 「初めまして、あたしは調査隊第二隊副長のヨハナよ。あ、調査隊って言うのはね、名前の通りなのだけど、山や草原、魔物とか獣とかの生態の異変や異常がある場合の調査をする組織なの。他にも色々調査をしてる組織だけど、今は省くわ。些細なことでも貴方達が異変を感じたら知らせてちょうだい。で、ここに来てもらった事の説明をするわね」 「……」 「……あ、あの……ぼ、僕はリト。……えっと、こっちは兄のキト。……あの……」 「まぁ! リトちゃんって言うのね。偉いわね。ちゃんと自己紹介できて」 「……あの……えと……」  横に座っているキトをちらちら見ると、眉間の皺は無くなっているけど無表情になってしまっている。こう言う時のキトは本当に機嫌が悪い。その証拠に耳は動いてないけど長い髪の下に隠れてる尾は忙しなく動いているようで髪がわさわさと揺れている。 「なぁに? 何か聞きたい事でもあるのかしら? スリーサイズは教えられないけど、どんなことでも聞いてちょうだい」 「な、何でそんなしゃべり方なの? ヨハナさんは男でしょう?」  僕のバカー!!! 何で関係ない事きいてるの!! 「あたし、男に見える?」 「違うの? 女なの? でも女の人は男と違って胸に脂肪があってぶるぶるしてるって、そのしゃべり方も女の人がする言葉だって本に書いてあったの見たよ?」 「見た目は男だけど、あたしは立派な女よ。心は女だもの」 「心が女?」  だからー!!! 何で! 何で!   あああーー!!! キトの機嫌がもっと悪くなってるー!! 「リト、そんなのどうでもいい事だろう」 「…………ごめんなさい」  低い声のキトの叱責に僕は涙が出そうになった。 「ちょっと! 機嫌が悪いからってリトちゃんに八つ当たりしないでちょうだい! こんなに涙目になって可哀相に……リトちゃん、こんな感じの悪いお兄さんの事なんて気にしなくていいのよ。はい、飴玉あげるわね」  差し出された手に答える様に僕も手を出すとキトが米神をひくひくと動かし僕を睨む。思わず出してしまった手を僕は引っ込めた。 「し、知らない人に物をもらっちゃいけないって言われてるから」 「あら、そうなの? お父さんとお母さんの言いつけをちゃんと守って。リトちゃんは偉い子ね。でもいいのよ。自己紹介した仲だからあたし達は知り合いなのよ」 「そうなの?」 「リト!」 「あなたね、さっきから何なの! こんな小さい子に大きな声で! 見てみなさいよ! 泣いてるじゃないの! あなた、この子のお兄さんなんでしょ! 自分の機嫌が悪いからって子供に八つ当たりするなんて大人として最低よ!」  はぁと大きく息を吐き首を横に何回か振るとキトが僕の頭を撫でた。 「リト、悪かった」  伺うように顔を上げてキトを見ると、機嫌が悪かったキトはどこにもいない。いつも僕を見る時の優しい目だ。  僕はキトに抱きついて僕より大きな胸にすりすりと顔を擦り付けるとキトを見た。ニコリと笑って頭を撫でてくれたキトに安心したのか僕のお腹がくぅと鳴った。 *** 「さ、食べてちょうだい。兵士宿舎の料理で悪いけど」  僕のお腹の音を聞いたヨハナさんが「ご飯を食べながらお話しましょう」って言って僕達に料理を持ってきてくれた。キトは僕の隣で僕の前に置かれたお皿を一皿一皿手に取って匂いを嗅ぎ、テーブルに戻してを繰り返している。  僕の目の前にあるのは見た事の無い料理。深い皿に入ったスープみたいなものは赤い色をしているし、小さな皿には野草や野菜が千切った状態で入れられている。カゴに入っている楕円形の黄色の物体は何なのか全く分からない。でもすごく良い匂いがする! 我慢が出来なくて黄色の物体に手を伸ばしたらキトに手を叩かれた。 「待て」 「どうしたの? 食べないの?」  赤いスープのようなものをスプーンで掬い一口啜るとキトが頷いた。 「毒は入ってないようだ。リト、食べていいぞ」 「毒とか入れるわけないでしょ! まったく……」  ヴィヌワ族はリオネラやルピドに狙われる事があるから、毒見をしてからでないと他の村では食事をしてはいけないと砦までの道中口すっぱく言われていた。だけど僕は大人だし村長になるキトが毒見をするのはおかしいと言っても過保護なキトは「砦で出された食べ物は必ず俺が毒見をする」と言って僕の意見を聞いてくれなかった。まさか本当に毒見をすると思ってもいなかったし……。  僕はさっそく黄色の楕円形の物体に手を伸ばした。持った感触はふわふわとして柔らかい。それに、小麦を焼いた時の良い匂いがする。恐る恐る噛んでその美味しさに僕は目を見開いた。嚙んだ瞬間甘く、香ばしい小麦の匂いが口の中に広がる。 「キト! キト! これ美味しい!」  行儀悪い事だけど齧った楕円形の物体をキトの目の前に差し出すとかぷりと一口噛んでキトがふにゃっと笑った。 「美味しいな。ヨハナ、これは何と言う食べ物だ?」 「何って……唯のパンじゃない」  パン!? この柔らかいのがパン? 村で作ってるパンとは全然違う。村のパンはキャリロから買った小麦に水と木の実を入れて焼くだけだ。こんなにふっくらとしてないし、甘い味もしない。 「作り方は?」 「作り方なんて知らないわよ。あたしは調理人じゃないし。気になるなら後で兵士宿舎の調理場にでも行って聞いてちょうだい。それより、食べながらでいいからあたしの質問にいくつか答えてもらうわね?」  一枚の紙を持ったヨハナさんが紙をぱんぱんと指で叩いていくつか質問してきた。名前と年齢と住んでいる村。僕達から聞いた事をそのまま紙に書いているようだ。  「ちょっと待っててね」  そう言って出ていったヨハナさんが戻ってきた時には小さな冊子を手に持っていた。受け取った手のひらに入るサイズのその冊子には僕の名前と年齢、住んでいる村が書かれてある。 「これは貴方達の身分証ね。この砦に住むのに必要なものよ。それからこれ。この本に砦の事が大抵は書いてあるから目を通しておいて。それからこれは砦の法律の本。法律の本は簡単にしか書かれてないから詳しく知りたいなら図書館に行ってちょうだい。それにしても、リトちゃん、貴方十五歳だったのね。びっくりしたわ。ヴィヌワは若作りだって言うけど、キトちゃんもリトちゃんも若く見えていいわね~。あたしなんてまだ二十五なのに、三十に見られるのよ。ほんと、羨ましいわ~」  テーブルの上に腋に置いていた本を乗っけていくヨハナさんを見て、僕は隣にいるキトを見た。だって僕達はワ村の人を連れ戻しに来たのだ。住むために来たのではない。ここにいたらの話だけど…… 「悪いが俺達にこれは必要ない。ワ村の者を見つけたらすぐにでもワ村に戻る。ここにワ村の者が連れてこられたと思うが、いるか?」  テーブルの上にある書類や本をつき返し、腕を組んでこちらを見ているヨハナさんをキトが睨むように見た。

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