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2章 6話 噂の真相

 イライラとしたようにヨハナさんが指を置いている腕をとんとんと叩いて感情の分からない顔でキト見た。 「いるけど、貴方達を山に帰す事は出来ないわ」 「何故だ」 「今、山はとても危険なの。ベーナ族で調査しただけでも魔物の被害にあってる村は一つや二つじゃないの。キャリロ、ヴィヌワ関係なくほとんどの村が被害にあっているのよ。そんな危険な場所に帰せるわけ無いでしょう。それにね、魔物の一部には魔物避けの木の効果が効かなくなっている個体も出てきているの」  魔物避けの木の効果が効かない!? そんな事が本当に!?   隣に座っているキトをちらりと横目で見る。背筋を伸ばして腕を組みヨハナさんを睨みつけていた。 「ヴィヌワが山を降りることはあってはならない。我らの祖が決めた掟だ」 「何言ってるの! バカな事言わないでちょうだい! いい!? 貴方達ヴィヌワは今存続の危機に陥ってるのよ!」 「我々ヴィヌワは山と共に生き、山と共に死ぬ」  ヨハナさんがダンとテーブルを叩き、テーブルの上に置いてあった水の入っているグラスがカタンと音をさせて倒れた。僕は二人の鬼気迫る言い合いに何も言う事ができない。 「ああ! もう! キャリロの人数は凡そ三万人。それに対してヴィヌワは九千人よ! この数字の意味分かる!? キャリロは山だけでなく、ここ何年かは砦や草原に住みはじめた者も増えているの。なのに貴方達ヴィヌワは、しきたりだ、掟だって言って山を降りてこないでしょ! そのせいで人数が減ってきているって言うのに! いい? 三年前まではまだヴィヌワも二万人程いたの! この三年でヴィヌワは九千人に減ったのよ! この大陸の種族の存続を守る者としてはこれ以上貴方達の人数を減らす事は出来ないわ!」 「だから我々ワ村の者を強制的にナーゼ砦に連れ去ったのか」  居心地悪そうな顔をしたヨハナさんが顔を手で覆い隠した。はぁと溜息をつき覆っていた手を退けヨハナさんが僕達二人を見る。 「それに関してはあたし達も悪いと思っているのよ。でもワ村のゼトさんは貴方の様に頑固であたし達の言葉に耳をかさないし、挙句の果てには”ならば、強制的にでも移住させればよかろう”なんて挑発してくるし……」 「おじいさんが?」  おじいさんは普段は温厚でそんな事を言う人ではない。だけど、頑固なところがあるのは知っている。おじいさんが一回でも首を横に振ればそれが覆る事は一度も無かった。 「ええ。この三年、何回、貴方達の村に行ったか分からないわ。それでも首を縦に振ってくれなくて。……ナーゼの種族存続機関での会議で強制的に砦に移住させる事が決定したの」  疲れた顔をしたヨハナさんが「ごめんなさいね」と呟き頭をさげた。 「話し合いでどうにかするから待って欲しいとお願いしたんだけど……一歩及ばずで貴方達を強制的に砦に連れて来てしまった。それは、本当にごめんなさい」  頭を下げて謝るヨハナさんに謝るのをやめてほしくて僕は立ち上がってヨハナさんの近くに移動するとその手を取った。  ヨハナさんの話が本当なら、僕達ヴィヌワは絶滅する未来しか待ってないのだ。それに、僕達の為に三年も動いてくれた人を無碍には出来ない。 「ヨハナさんは僕達ワ村やヴィヌワの為にやってくれた事なんでしょう?」  隣のキトが何か言いたそうにしていたけど、僕はキトが口を挟む前に言った。 「だから、謝らないで」 「許してくれるの?」 「僕は……うん、許すよ」  顔を上げたヨハナさんがにこりと笑うと僕に椅子に座るように促した。  許すも許さないも無いんじゃないかって思った。でもごめんなさいって謝ってくれたんだから素直に謝罪は受け入れたほうが禍根を残さない。 「だが、我々は――」  「はぁ……山の西の村が魔物被害で壊滅した話は知っているでしょ? ……もう隠しておく事も出来なくなってきているから言ってしまうけど、その壊滅の被害にあった村はラ村よ」 「……ラ村……が……?」 「地下の貯蔵庫に隠れていた子供数名と、重症を負って隣の村に運ばれた人が十数名。運ばれた大人の何人かは息を引き取ってるし、村長さんの息子さんのサイさんと孫のカイさんは亡くなってしまった。だからラ村の子供達と十数名の大人だけでは村の存続は無理と判断されたの。今はヴィヌワ保護区の居住地に住んでいるわ」  キトがごくりと唾を飲んだと同時に僕は体を震わせた。  ラ村に住むのはヴァノ・ヴィヌワが多いのだ。背が高く僕達ヴィヌワの中でも一番強い。山の戦士と言われる彼らが、壊滅して子供と大人十数名しか残っていないって……  僕の背中に嫌な汗が伝う。 「魔素溜まりで強くなったサイクロプスが魔物避けの木があるにも関わらず、木をなぎ倒してラ村を壊滅させた事が調査で分かったの」 「サイクロプスって……そんなの……」  ぶるぶる震える僕の手をキトが握った。  サイクロプスと言う魔物は山の中でも一番強い魔物だ。額にある角とギョロリとした一つだけの目。五メートルはある巨体にその手には僕達ヴィヌワの背を超える棍棒を持っている。  サイクロプスを見かけたら絶対手を出さず、隠れて見つからないようにする事ってナーゼ砦までの道中で聞いた。   「ラ村だけではないわ。東の、比較的ナーゼ砦に近いス村が同じようにトロールに襲われているわ。こっちはあたし達が早くに行けたから壊滅しないで済んだけど、魔物襲撃時に恐慌起こした村人数人が山に戻る事を拒否しているの」  安全だと言われている村の中に突然魔物が入ってきたら誰だって怖い。もし、ワ村にも同じような事が起こったとしたら……僕は…… 「それに、山の西で竜の姿を見たと噂もあるの。本当かどうかはこれからあたし達が調査するから判明するのは時間の問題だろうけど……。山が安全だと言えない今、貴方達を山に帰す事はできない」 「……り、竜」  きょろきょろと視線を彷徨わせ顔を俯けたキトにヨハナさんが告げた。 「山を愛しているのは分かっているわ。だけど、未来あるヴィヌワの子供達を魔物の手で殺させたいの? リトちゃんだって同じ目にあうかもしれないのよ?」  俯けていた顔を上げて僕を見たキトが震える手で僕を抱きしめた。僕もキトを抱きしめ、背中の服をぎゅっと握る。 「そんな、そんな事はさせない」 「分かってくれたかしら?」 「……分かった。だが、山が安全になったら我々は山に戻る」 「ええ。それは否定しないわ」  震え抱き合う僕達をヨハナさんは目を細めて見つめていた。

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